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ヘルズ・キッチン


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題名:ヘルズ・キッチン
原題:Hell's Kitchen (2001)
作者:Jeffery Deaver wrighting as William Jefferies
訳者:澁谷正子
発行:ハヤカワ文庫HM 2002.12.31 初版
価格:¥940

 違う。いくら読み進んでも、ぼくの知っているディーヴァーではない。まるで全く違った方向を見ているし、これはディーヴァーではなく他の誰かが書いた作品だと言われればすぐに納得してしまうと思う。ウィリアム・ジェフリーズという違う名義であっても、所詮は同じ一人の作家がこれほど違った傾向の作品を書いているとは、俄かに信じがたいものがある。

 ぼくが最初に読んだディーヴァー作品は『眠れぬイヴのために』。どちらかと言えばサイコサスペンスだったし、そういうブームに乗ってきた一人のように見えた。なかなかいいできの作品だったので、次の作品も読もうと決めていた。それが『静寂の叫び』だ。その後ディーヴァーはメジャー街道まっしぐらの人生を歩み始める。

 作品はどれも練りに練られたサスペンスとトリック、知と知の闘いに彩られ、わかりやすい勧善懲悪に、捜査技能を売り物にした主人公たちが少し現実離れした、いい意味でも悪い意味でもハリウッド映画的な乗りの中でストーリーをジェットコースターのように加速度的に進めてゆくものだった。売れに売れる、というイメージが持てた。

 ところがどうだろう、この作品。売れに売れるという書き方をまるでしていない。まるで古典的なハードボイルドの風味を三人称視点で描いているように見える。主人公は掲示でも探偵でもなく映画のロケハンターだ。酒を勧められてもフィリップ・マーローに背反するかのようにそれを断る。だからと言って経済(マネー)で生きているわけではないところが、まさにハードボイルド的ヒーローであり、いでたちをも含めてカウボーイのようだと評される。

 ロケーション・スカウトだから土地や町を求めてアメリカ中を漂流する男なのだろう。まるで流れ者のようにやってきたこの物語の舞台はニューヨークの下町ヘルズ・キッチン。都会に現れた真夜中のカウボーイが、シリーズ主人公であるジョン・ペラムというわけだ。ドキュメント映画作りのためにインタビューをしていた一人の黒人老婆を窮地から救い出そうとするあがきの物語。

 不動産ビジネスの成功者と、開発されてゆくヘルズ・キッチンという土地。破壊と殺人に狂う連続放火魔。誰もが、実際の主役はこの街であることを告げている。卑しき街に放り込まれたペラムが老婆や少年のために仕事を放り出してまるで探偵のように探り、ぶちのめされ、走り、血まみれになって闘う物語。心の綺麗な者たちだけのために闘い、多くの裏切りに合う物語。

 激しい快速ストーリーはここにはないが、じっくりと人間の価値観に焦点を絞った確かな描写がここにある。どちらかと言われたら、ぼくはここまでのディーヴァーよりはこちらのディーヴァーのほうが全然趣味だ。見直したと言っていいくらいだ。

 放火犯の狂気と放火への特殊技能や、ラストのどんでん返しや、大きな舞台など、今のディーヴァーならではの手に汗握る展開もないわけではない。昔のピュアな、心の通った作品が古ぼけて罅割れた老婆のアパートだとしたら、現在のベストセラー技術のようなものでリフォームを施してあげたとでも言うような、昔と今とか交じり合った作品であるのかもしれない。

(2002/12/26)