石の猿



題名:石の猿
原題:The Stone Monkey (2001) 作者:ジェフリー・ディーヴァー Jeffery Deaver 訳者:池田真紀子発行:文藝春秋 2003.05.30 初版価格:\1,900

 蛇頭はアメリカにも難民を送り出すのか。蛇頭は陸続きのロシアに船を用意したりするのか。蛇頭は大西洋にも乗り出すのか。そうやって蛇頭はマンハッタンのチャイナタウンにまで難民を送り込むのか。そういうことは全然知らなかった。蛇頭は、アジアに老朽船を送り込んで、荒波に沈めたりしているものだとばかり思っていた。

 さてそうした蛇頭に送り込まれる難民船という設定がまずはリンカーン・ライム・シリーズとしては実に意外だった。ましてやその難民船に謎の殺し屋が潜伏していて、嵐の中で船を爆破するなどとは、もしかしてこれは英国冒険小説? などとの疑惑が首をもたげたくらいだ。

 辛くも生き延びた難民を殺し屋ゴーストがつけ狙う。独り残らず生かしておきたくないみたいに。なんで? っていうのが読書中ずうっとつきまとっていた疑問だった。さほどに執拗に、ゴーストは難民たちをつけ狙う。潜入捜査官、入国管理局、FBI、国務省、例によって複数な組織が全部リンカーン・ライムのタウンハウスに集合して、証拠調べに専念する。アメリア・サックスが車を暴走させ、空に海にアクションの場を求める。

 難民の女子供に迫るゴーストの魔手。いくつもの伏線。中国にどっぷりと浸かってゆくライムとサックス。それこそヒューリックの狄(ディー)判事シリーズまでを引用しつつ、東西文化のクロスファイアが、マンハッタンを硝煙に包んでゆく。

 とりわけソニー・リーの存在感はこの作品のハイライト。中国からやってきた異文化捜査官の言動がライムやサックスと衝突するうちに、人間的深みの部分でやがて友情を築き上げてゆく下りは、シリーズとしてはとても斬新だ。

 また本作のどんでん返しは『シックス・センス』なみに強烈なもので、ページをずうっと最初のほうまで戻して確認したくなるほどの大イベントと言える。ハリウッド的娯楽要素を満遍なく散りばめて、まさに飽きる暇さえないジェットコースター・シリーズは前作よりずっと勢いを取り戻した形でやってきた。

 サイコで始まったかに見えたシリーズも、本書ではずっとシンプルに殺し屋と彼を追跡するチームという「冒険小説」化が進んできた。サイコ・ブームが去っても生き残っていることを証明したいと言わんばかりの勢いで。

(2003/07/07)
最終更新:2007年05月13日 12:54