青い虚空



題名:青い虚空
原題:The Blue Nowhere (2001)
作者:ジェフリー・ディーヴァー Jeffery Deaver
訳者:土屋 晃
発行:文春文庫 2002.11.10 初版
価格:¥829

 文春文庫では、リンカーン・ライム外シリーズを拾ってゆくのだろうか。文庫でシリーズと同レベルの良品本を読めるのはお買い得。なぜなら本書も、文春文庫での前作『悪魔の涙』もハードカバーであっても問題なく売れるだろうという作品であるからだ。「売り」ということだけに絞るなら、商品価値は高いと思う。

 『静寂の叫び』がディーヴァーのブレイクだとすれば、それ以降の作品は実にエンターテインメントに徹していて、それ以前の作品のように作者的主張がなく(むしろ殺しているように見える)、ほとんどがジェットコースター型ノンストップ・サスペンスであり、チームワーク型ミステリーであり、それぞれの登場人物に性格と歴史を与えている。また、一つの殺人ではなく、どちらかと言えばシリアル・キラーを物語の主軸に据えての、一章一章が一殺人、つまり野球で言えばイニングごとの対決を重ね、最後に9回裏の波瀾を迎える、という構成が主流となる。

 今のハリウッド映画の作りをそのまま小説という形にしたものであり、当初の流行りであったサイコ・ブームから一歩抜きんでた形での科学的専門分野捜査というところに題材を求めているのだと思う。

 本書は電脳空間にそれを求めたわけだが、題材はどうあれ、やはり一人一人の登場人物に物語を与え、それらがすべてサブストーリーの役割を果たしながら、連続する殺人劇にアクセントを与え、サスペンスを付随させ、フーダニットの謎を深めているということでは、リンカーン・ライムのシリーズとの温度差をあまり感じさせない。科学捜査ではなく、ハッキング対決がそこに加わることで、ただの血に飢えた殺人鬼ならぬ、天才的なハッキング殺人鬼との知略ゲームが楽しめる一冊となっている。

 コンピュータのやや大袈裟気味の犯罪を呷りぎみにひねってゆく様は、マイクル・クライトンの『プレイ -獲物-』に通じるハイテク関連のリスク・マネージメントとしての警鐘を鳴らしている部分もあり、時代の申し子としてのディーヴァーのベストセラー・ライターぶりが伺えようというもの。

 問題は、やはりどの作品も書き慣れてきたのか、同じような構成で、つかみ所も心得ていて、読み手のショック度が薄れてきていることだろうか。この手の作品を最早、凄いねえとは感じなくなってくるのはハリウッド映画の特撮と同じで、やればやるほど袋小路、という印象はどうしても避けられないことだと思う。

 というわけでやはりぼくとしては今は『汚れた街のシンデレラ』のほうが感動してしまうという体質なのである。こういう体質にしちゃったのもディーヴァーその人だと思うのだけど。

(2003.06.09)
最終更新:2007年05月13日 12:50