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欲しい



題名:欲しい
作者:永井するみ
発行:集英社 2006.12.20 初版
価格:\1,600

 『ダブル』とほぼ同時期に出版された作品なのだが、両作は良く似ている。表裏一体を成す現代版女性標本といってもいい。どちらもが若き母(『ダブル』では妊婦だけれど)のありがちな生き方でありながら、読者にとってはとても病的に見える生き方を望み、それゆえに些細なことから、歪みに歪んだ事件を引き起こしてしまう。

 本書では、働く意欲がないように見える若い男女を主軸に、彼らと関わることで大きな影響(被害?)をこうむることになる人材派遣会社の女社長・紀ノ川由希子の視点で物語を描いてゆく。

 由希子そのものもまた非凡な生活を送る女性である。むしろ働く意欲がないというだけで平凡な若い二人に較べれば、彼女の日常はずっと屈折し精神的にも不健康であるように見える。昼間はビジネスに没頭するやり手の経営者でありながら、夜には愛人と自宅でひと時を過ごし、その直後にお気に入りの出張ホストを呼ぶ。

 そんな彼女が、働く意欲のない女と男を見て違和感を感じつつも徐々に関心を強めてゆく。愛人の妻子ある中年男も同じ反応を示してゆき、そうして思わぬ陥穽に足を撮られることになってゆく。

 数人のキャラクターの視点で代わる代わるこの事件を捉えてゆくことにより、真相が徐々に発掘されてゆき、読者の前に明らかになってゆく構造なのだが、読者にしかわからない真実も予め曝されていたりと、作者の語り口に引きずり込まれる感覚がある。

 『欲しい』などという官能小説ばりのタイトルから勘違いされてこの本を開く人もいるかもしれないが、実際には濡れ場など一つも出てこないピュアなミステリーだ。それでいて事件そのものよりも、ここで登場する極めて平凡な女の生き方に興味を奪われてしまう。

この女性の欲望も意欲もないが強かさだけが感じられる日常、娘を見据えるときの妙に距離のある視線、深層に根付いたエゴや快楽への方向性、利用し合える者同士の絆とごっちゃになったようにしか見えない愛のかたち。次第に怖く感じられるようになってくるこうした歪みはやはり『ダブル』との一セットであるかに見える。

 事件は解決しても何も解決していないように見える。日常生活に落とされた錯乱。堅固なように見えて、少しも定まらない日常の中に潜む断崖のような危険。平凡や日常という言葉ほど恐ろしいものはない、とさえ思えてくる永井流奇譚の第二章と言うべき作品か。

(2007/05/03)