鬼警部アイアンサイド



題名:鬼警部アイアンサイド
原題:Ironside (1967)
作者:ジム・トンプスン Jim Thompson
訳者:尾之上浩司
発行:ハヤカワ・ミステリ 2005.5.31 初版
価格:\1,000

 ついに<ポケミス名画座>は、TVドラマにまで進出してしまった。このシリーズの面白さは、何と言っても作品の古さに加え、あまり積極的に邦訳されない作家の日本デビュー機会、といったところに自分としては価値づけして追いかけているのだが、この作品は、トンプスンにしては新しい。

 後年のトンプスンは輝きを失って、まるで並みの作家だと聞いていたのだけれど、実際に自分で読んでみなければわからないじゃないか。

 思えば、ジム・トンプスンという人は、映画とも縁の深い作家であった。キューブリックの『現金に体を張れ』『突撃』の脚色を担当したり、原作映画化作品だって少なくない。

 解説によると『コンバット』のシナリオだって一本書いているそうだから、『アイアンサイド』のノベライズくらい、この作家の職人芸のうちか。

 生前、母国では作品が評価されず、カネとは縁遠い暮らしを送っていた職業作家の、メシのタネは、パルプ本であったから、後年もこうした名のある作品をノベライズすることで糊口を凌いでいたのかもしれない。いかにも<安雑貨屋のドストエフスキー>に相応しい一仕事である。

 また、トンプスンの作品群の中でも破壊度が高く、今の時代改めて日本でも高い評価を受けている作品は、1940年代後半~196年代前半に多いから、本書は邦訳されたトンプスンの最も新しい作品ということになる。

 トンプスンの原型となる『内なる殺人者』(1952)や、破壊度満点の『サヴェッジ・ナイト』(1953)『死ぬほどいい女』(1954)『ポップ1280』(1964)などが未読という方には、本書『鬼警部アイアンサイド』は、トンプスンのカルト的価値という意味では、何の意味もなさない普通の警察捜査小説に過ぎないかもしれない。一方、トンプスン信者であれば、警察の側から見て悪を解決してゆく物語の異様にこそ、むしろ興味を抱くこととなるだろう。

 トンプスンの屈折を、トンプスンの異端を、この正常なる物語の中に探そうと努めるだろう。TVシリーズという枷のなかで、この作家がどのくらいあがいてみせるのかを検証してみるだろう。

 あまりに普通の善悪の価値基準により書かれた、そこそこのサスペンス・スリラーなので、結果的にはトンプスンの残骸を見つけることは難しい。それでも、そこかしこに見つけることはできるだろう。トンプスンの皮肉を。トンプスンの捨て鉢を。トンプスンの暴力への渇えを。

 自分のなかでは、若山弦蔵の声があまりにも印象的であったアイアンサイドという、車椅子警部が、これほど凄惨な対決シーンを用意していたはずがないように印象としては思えるのだが、さほど夢中になって見ていたドラマでもないから、ぼくにはその頃のドラマシリーズがどんな雰囲気であったのか、確信は持てない。

 むしろ、巻末解説に登場する数々の海外TVドラマシリーズに懐かしさを感じてしまったほどえある。ちなみに解説は楽しかったけれど、この翻訳者、ルビを多用するために非常にとっつきにくい。トンプスンは翻訳者には恵まれてきただけに、正直なところ、ぼくとしては少し残念に思った。

(2005/05/29)
最終更新:2007年04月22日 22:06