ポップ1280



題名:ポップ1280
原題:Pop.1280 (1964)
著者:ジム・トンプスン Jim Thompson
訳者:三川基好
発行:扶桑社 2000.2.29 初版
価格:\1429

 『内なる殺人者』の裏返しとも言えるこれまた狂気に満ちた作品。語られる一人称口調は狂気に満ちている。とにかく下品なスカトロ言葉が並ぶ。田舎町に君臨するダーティ極まりない保安官。だけど彼の殺人の日々がスタートすると、彼がとことんクレバーな殺人鬼であることが明らかになる。

 社会不適応者に見えない論調。坪を押さえた謀略家。性欲と怒りとが交互に現れる獣のような本性を隠す日常。それを突き破らないでは済まない彼の異常なエネルギィがどこからきてどこに行くのか、わからない。ただ奇妙に存在感のある作品であって、実存主義で知られるカミュやサルトルの殺人小説よりもはるかに下卑ていながら、強烈な印象と世界の深みを感じさせる。

 ある意味で悪夢的。ある意味で神話的。寓話のように短いストーリー。町も小さく、登場人物もみな顔見知りといったマイクロ・サイズの世界なのに、この暗黒の深みはなんだろう。殺人を犯しに出かける主人公が、これ以上はないと思えるような闇の中を、釣竿を持って川に向かって歩いて行くシーンは印象的だ。

 そして徐々にヒートアップして行くスカトロ言葉。トンプソンの中でも最も下品な作品らしく、表現すらもまともでない。『内なる殺人者』の目的手技の冷えた制御に対し、この作品の行き場のなさ。救いなき主人公の悪行の数々を綴る、悪夢の物語。この世紀末にこそ読まれるべき、世紀初頭の小さな物語だ。

(2000.05.04)
最終更新:2007年04月22日 22:05