孤独なき地 K・S・P



題名:孤独なき地 K・S・P
作者:香納諒一
発行:徳間書店 2007.03.31 初版
価格:\1,800

 何となく、予想通りの本だった。香納諒一としては、流行の警察小説を書きたかったのか、それとも徳間書店の得意なハードロマンとかハードアクションという売りのB級アクションの書き手として中堅プロフェッショナリズムを発揮したかったのか、ちと不明。しかしこういう刑事アクションを単純に息抜きとして読みたい読者層が存在していることも事実。そういう読者層は、通常の香納諒一作品を読むとは限らないから、この手の娯楽に徹した小説で釣っておくということも、作者・出版社などの間では意識すべきところなのか。

 香納諒一と言えば、主人公の心情に痛いほど迫るために、キャラクターに読者が自然と感情移入してゆけるという作風である。当然プロットも構築しながら、淡々とストーリーを進めるだけなく、キャラクターらの生きる方向性のようなものを、理由付けにより明らかにする手法を採る作家なのである。ところが本書では、そうしたキャラへの説明がない。

 個性という意味でも、あまりめりはりがない。主人公はスキンヘッドの蛸入道みたいなこわもてのデカであり、猪突猛進の鬼刑事である。特捜班という特徴もさほど必然性を感じさせず、歌舞伎町という街そのものに優先的に人格化したような節が見られる。だからこそ多様化する暴力装置としての繁華街であり、チャイニーズ・マフィアや東西暴力団の抗争の構図としての舞台であり、何でもありの無国籍アクションにもってこいの土地なのである。

 敢えて人間の弱さに触れずに、徹底して事件を刹那的に非人格的に描くという試みを香納諒一がやってみた、というように見える。何らかの実験装置のような、血の通わないプロットだけの世界構築がなされた、という風な印象が残る。香納諒一が自分の小説作法を取り戻すためにここ数年悩んだという、そのただ中で書かれた彼にとっては奇形のような作品。

 もちろん無味乾燥なストーリー展開を、小器用に作り出してしまうだけの技術を持った作家ゆえ、勘違いしたファンを多層的に獲得する偶然を引き起こすなんてこともあるのかもしれない。だが、これまでの香納ファンには言い訳の立たないBクラス作品を意図的に作ったとのそしりも免れ得ないかもしれない。私としては、この作品は試行錯誤の一編だと思っている。

 やってみなきゃわからない、そうした行動原理が生み出した迷える主人公が本書の沖幹次郎であり、考えるより先に動いてしまうというそのパターンこそが、本作を書いたときの香納諒一の彷徨える何かに直結している暗い回路であるような気がしてならないのである。

(2007/04/22)
最終更新:2007年04月22日 21:35