ゲット・ショーティ



題名:ゲット・ショーティ
原題:Get Shorty (1990)
作者:エルモア・レナード Elmore Leonard
訳者:高見 浩
発行:角川文庫 1996.3.25 初版
価格:\740

 「ゲット・ショーティ」のキーワードで、検索エンジンを掻き回してみると、なんと引っかかってくるのは、『ゲット・ショーティ』という作品ではなく『ビー・クール』に関するものばかり。タランティーノの『キル・ビル』で時の人となったユナ・サーマン人気も手伝ってか、この映画のTV・CMをよく見るし、『ビー・クール』は確かに注目されている映画なのだと思う。

 だから『ビー・クール』は『ゲット・ショーティ』の続編という説明文ばかりが検索エンジンで引っかかってくる。肝心の『ゲット・ショーティ』のほうは、年月に曝されて賞味期限を過ぎているせいなのか、大人しい扱いだ。『ビー・クール』を見る前にDVDの『ゲット・ショーティ』を見たなんて記述も随所にある。しかし『ビー・クール』の原作を読むために、『ゲット・ショーティ』の原作を読んでみた、なんていう記述はほとんどない。

 要するにネットで映画化された作品は、その原作よりも遥かに上映されるフィルムの方が話題に上りやすいのだ。それが証拠に「ゲット・ショーティ」のキーワードでエルモア・レナードというところに辿り着くサイトなんてほんの一握りだ。多くの小説ファンが口にしてきたことは、どんなにできのいい映画でも原作を超える作品にはあまり出くわさないということなのに、それなのに、多くの民は原作に見向きもせずに、映画館に足を向けてゆく。

 さて、そんなわけで、今年なりたてのレナード・ファンであるぼくはといえば、小太郎さんの日記から何とか、『ビー・クール』が『ゲット・ショーティ』の続編だと知った次第。買ったばかりの『ビー・クール』を読もうと思っていた矢先だったから、助かった。ネット古本屋を漁って、古いレナード作品は既に取り揃えてあるし、まだ初版が売れ残っている『ゲット・ショーティ』だってちゃんと手近な場所にあるのだ。

 というわけでチリ・パーマーのシリーズの一作目。東部でギャングのように育った高利貸しでありながら、いつもぱりっと服装やヘアスタイルを決めて、凄んでみせる主人公という設定は、個性的な街の悪党という意味では『ラム・パンチ』におけるオーディル・ロビーに通じるものがある。ジャッキー・ブラウンという善玉美女を主人公に据えれば彼らチンピラは頭の切れる凄腕の、そしてたちの悪いダニに過ぎないが、彼らはこの小説のように十分主人公にだってなれてしまうのである。

 彼らの共通項は、ひとつには楽して金を儲ける主義。つまり犯罪や裏の仕事で金を儲ける、あるいはくすねる。そして共通項は暴力。特に銃口を向けた相手をためらわずに撃てる非情さ。そして彼らの共通項は、知略に長けていること。野性的な勘のようなものがそれをカバーし、とにかく生命力という点で秀でている。森に住む豹のような獣の存在感を、洒落た出で立ちで隠す。

 レナードはそうした癖の強い男を一人作り出し、続いて、違うタイプの癖のある男を二人か三人ほど作り出す。一人はまあ仲間のような存在で、もう二人はそれぞれに違ったタイプの悪党で、さらに癖の強い美女を二人ほど作り出す。そうすると、プロットがいつの間にか彼らの間で勝手にできあがってゆくようなものだ。それがレナード・マジック。都会のどこにでもいそうな男や女たちの、金とビジネスをめぐる化かし合い。

 本書では映画ということにとことんこだわった映画人レナードの映画好きでありながら、どこか屈折した目で映画の裏側の愚かで滑稽な部分を抉り出しているかに見える。きっとレナードはその時点で、今日の検索エンジンのこうした結果を、正確に見抜いていたのだろう。

(2005/09/26)