五万二千ドルの罠



題名:五万二千ドルの罠
原題:Fifty-Two Picjup (1974)
作者:エルモア・レナード Elmore Leonard
訳者:山崎 淳
発行:ハヤカワ・ミステリ文庫 1986.9.15 初版 1999.09.30 5刷
価格:\680

 古い作品とは言え、奥付を見れば13年の間に5回も版を重ねている。エルモア・レナードの古い作品群の大半が、絶版となっている状況を考えれば、本書がどれほど作家の代表作という扱いを受けているかがわかる。

 ぼくの印象では、本書はストレートな死闘ものである。いわゆるスティーヴン・ハンターのような銃撃による死闘ものではなく、都会のジャングルに罠を仕掛けられては、こいつを破り、さらなる罠を仕掛けあうといった、知略の攻防である。もちろん知略の背景には、誇りと自信と闘志と、それに見合うだけの体力や腕力がなければいけない。

 若い女性との初浮気を盾に脅迫されるという、少々だらしない中年主人公が、妻との間の危機を回避しつつ、脅迫相手のワルどもを逆に仕留めようとする物語。レナードとしてはシンプルなストーリーなのだろう。相手は個性豊かな三人組だ。降りかかる火の粉としては誰が危険で、誰が与しやすい相手なのか、定めにかからねばならない。

 そのあたりの駆け引きと、ワルどもの同士討ちを誘いながら、単身で警察を頼らずに闘いを仕組んでゆく主人公は、ディック・フランシス作品の主人公たちのように、我慢に我慢を重ねて正義を爆発させるといった素直なものではない。

 戦争でパイロットだった主人公は、敵機撃墜したばかりか、誤って襲ってきた味方機まで打ち落とした記録を持つ、やや粗暴とも言えるくらいの闘志満々さをひけらかす。腕力にも自信があり、それを表現して憚らない。日常生活を成功したビジネスマンとして送る平凡な男の中の、粗暴なワルが目覚めるといった印象が強く、ただ正義や復讐といった印象よりは、ずっと屈折して暴力に陶酔する男のプロフィルが垣間見える。

 その意味で、喝采を呼ぶストーリーではなく、人間が戦いを通して類人猿に退化してゆく愚かしさを皮肉っぽく表現しているように読めないこともない。この時代、ヴェトナムの戦火がようやく消えようというアメリカ。そうした時代背景を、個人主義の視点から、アメリカ人の心の屈折として画いた小説として、少しばかり不気味なサスペンスに仕立て上げているのではあるまいか。

(2005/07/10)