訣別の海


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題名:訣別の海
原題:Sea Change (2005)
作者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:山本 博
発行:早川書房 2007.02.28 初版
価格:\1,900

 ジェッシイ・ストーン・シリーズは『影に潜む』だけが『ストーン・コールド』の名前でTV用に映画化されており、その中で、ジェッシイをトム・セレックが、スペンサー・シリーズと掛け持ちで忙しい女弁護士リタ・フィオーレ役をミミ・ロジャースが演じている。その映画を最近見たせいか、自分の中ではクラーク・ゲーブルであったはずのジェシイが、何とも親しみやすいトム・セレックの口ひげ顔になってしまったのは、映画を見てしまうことの弊害であるかもしれない。

 おまけにミミ・ロジャースのリタは、映画作品の中でジェッシイにとても大胆に迫ってくるのだが、そう言えば、両シリーズを通じて彼女は、シリーズ主人公に迫ってばかりいる気がする。そしてどちらの主人公も、彼らの唯一の宿命の女にぞっこんで、浮気の気配すら見せないところが共通点でもある。マイク・ハマーあたりとは一緒に酒が呑めそうにないお堅さだ。

 そう。スペンサーに劣らずモラルに生きるのが、ジェッシイであり、違うのは、スペンサーのようにはへらず口が得意ではなく、何よりも公僕であるためにホークのような友達に頼ることができないことだ。

 本編では、セレブたちの世界、海のヨット・レース期間中に沸き起こった殺人事件の捜査である。スペンサーやジェッシイのモラルに満ちた世界とは、およそ反対側で性を謳歌する男たちのデカダンな生き方と対比させ、ジェッシイが離婚した妻との、セックスレスでもないという奇妙な同居生活の中で、風変わりな嫉妬の観念に苦しむ。

 結婚していなければ、彼女は誰とでも寝る権利があり、結婚していればそうでないという考え方に苦しむジェッシイのアメリカ的モラルの不思議さのほうが、よほど問題であるという気がするが、そんなことをうだうだ書くパーカーも、何だかつまらない頃のスペンサー・シリーズに戻ったかと思わせるものがあり、ジェッシイもいよいよネタ詰まりかと心配になってくる。

 パラダイスという名のおよそ理想的な町の名前を頂きながら、フロリダからヨットに乗ってやってきたソドムとゴモラによって、死体がゴミのように海を漂うようになった季節。藤田俊八監督の名作『八月の濡れた砂』を文芸座で見た頃には、それはそれでモラルを越えた若きエネルギーの爆発であり、暴力であった。そんなデリカシーを削って、教科書みたいな生き方に悩み苦しむジェッシイの姿が、あまりに滑稽で笑えてくる。

 無理にシリーズを量産しなくてもいい、っていうのがこの本を読んだ後の正直な感想だ。これならTVシリーズの科学捜査もの方が、唯物的見地から機能的に人間を見るという視点において、間違いなく本作の数倍も上を行っている。

(2007/04/01)