我ひとり永遠に行進す



題名:我ひとり永遠(とわ)に行進す
原題:One To Count Cadence (1969)
作者:James Crumley
訳者:植草郷士
発行:東京書籍 シリーズ・永遠のアメリカ文学 1 1989.12.2 初版
価格:\1,500

 クラムリーのハードボイルド作品群とは一戦を画した自伝的長編、と書くと、若い頃の純文学作家クラムリーという別の一面……という印象があって、娯楽小説マニアには少し手をつけ難いう部分がありそうなのだが、実際にはこの小説の印象は、まるでキューブリックの映画『フルメタル・ジャケット』なのである。

 作品の8割近くがフィリピンのクラーク空軍基地、そして最後の2割がベトナムの戦場である。多くの若者群像の命が姿の見えない力によってベトナムの次第に大きくなろうとしている戦火の中に拗こまれてゆこうという時代、何も見えないような地面近くの視点から、あるいはアル中や薬中のふらつき倒れ果てたローアングルから、ベトナム戦争への移行が描かれている。

 基地内の目くるめくような様相とクレイジィな戦友たちが、ドラッグ体験のように読者を麻痺させる。

 そんな中で語り手である兵士は、兵役を一度終えたにも関わらず、またも志願して舞い戻る。本人のクレイジィさをあざ笑うように時代は大きく動き、彼を含めた隊は、思いもかけぬ実戦の舞台に借り出されることになる。歓楽と狂騒のフィリピンから地獄のベトナムへ。感情のない平坦な描写が、ハードボイルドよりもハードに兵隊たちの命を投げ込んでゆく。

 読んだら忘れられなくなる一冊であることは請け合うけれど、基地内の長い描写には忍耐がいると思う。あくまで娯楽小説ではないことを付け加えておきます。ぼくは、クラムリーの主人公をもっと知りたくて、この本を手にしただけなので。

(1996.08.26)
最終更新:2007年03月27日 23:58