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友よ、戦いの果てに



題名:友よ、戦いの果てに
原題:The Mexican Tree Duck (1993)
作者:James Crumley
訳者:小鷹信光
発行:早川書房 1996.7.31 初版
価格:\2,300

 邦訳では短篇集『娼婦たち』が出たのが93年。そこに収録されている最初の短編が『メキシコのリュウキュウガモ』。実は原題はこの長編と同じ"Mexican Tree Duck"
である。この作家、納得が行くまで何どでも書き直すということだが、確かにかなり原形を留めていない形で、この短編は、長編『友よ、戦いの果てに』の第一章に変わっている。

 ぼくにはこの第一章、たまらなく響いてきちゃったのだけど、これはひさびさにクラムリー作品に再会することのできた喜びがもたらした興奮だったのかもしれない。一つのセンテンス、一つのパラグラフを味わい尽くすかのように読み、喜びがが込み上げるのを感じてしまう。……これがクラムリーなのだ。

 いきなりのクレイジィな出だしから始まって、自棄糞なアル中の生き方にほとんど変わりのないまま歳を重ねたらしき主人公シュグルー(ぼくは誤った邦訳名スルーのままでも既に馴染んでいるのでかまわなかったのだが、この訳では一応正式な名へと変更になっている)は、相変わらずの放浪人生を続けている。

 前作『さらば甘き口づけ』のファイアボール・ロバーツなんていうブルドッグは旅の伴侶としてなかなかのものだったが、今回は一癖も二癖もある野郎ばかりがどんどん旅のお供になってのまるで浦島太郎の西部劇版みたいなストーリー。

 『酔いどれの誇り』より『ダンシング・ベア』の方がよりアクション編であったように、こっちのシリーズも『さらば甘き……』よりも遥かにアクション編であることには驚いたが、クラムリーはアクションなんて実はどうでもいいんだよね。ベトナム帰りの男たちの体から沸き起こるアウトサイダーな部分と、その砥ぎ澄まされた自棄具合い、硝煙と熱砂と雪とアメリカの広さを思い切り感じさせてくれるアウトドアなハードボイルド。これがクラムリーであって、他の何ものでもないところなんだと思う。

 「昔の仕事仲間」という表現で作中に二度ばかり登場してくれるのは、もちろん『酔いどれの誇り』のミロ・ミロドラゴビッチ。東ヨーロッパの香りを残したこの相棒と組んでの次作がこの秋にもできあがるという。作者の分身に近いのはシュグルーの方だが、本当になんてえ男たちなんだと、読んでていつもいつも嬉しくなるのが、クラムリーなんだ。

(1996.08.26)