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ファイナル・カントリー



題名:ファイナル・カントリー
原題:The Final Country (2001)
作者:ジェイムズ・クラムリー James Crumley
訳者:小鷹信光
発行:早川書房 2004.07.31 初版
価格:\2,300

 忘れていた頃に出版される寡作家クラムリーゆえ、出るたびにその貴重さを感じながら大切に読みたくなる。遅読を容認する凝った文章のみで成り立った実に丹念なハードボイルド。王道、というやつである。小鷹信光氏の翻訳も気合が入って、クラムリー節を美しくワイルドな文体で歌い上げてくれている。ずっしりと詰まった重たい本の中に、ミロ・ミロドラゴビッチの人生の終わりに近い生き様が、北米大陸をうがつ皺のように刻み込まれたたまらない作品だ。

 前作『明日なき二人』の結末で、カネをたんまりと手に入れ、女に惚れ込んだミロは、モンタナに別れを告げ、テキサスへ。テキサスの生活の中でなんども郷愁をそそるモンタナでの手作りの生活を懐かしみ、酒にコカインに手を出して自虐の調べに耳を傾ける。人生の最終章をいかに迎えるかまだ覚悟の定まっていない私立探偵は、復帰のためにテキサスでの私立探偵許可証を手に入れる。

 自堕落な生活が不図したことから終わりを告げ、急転直下ミロは事件に巻き込まれ、命をも狙われる。一つのシンプルな犯罪というよりも、異様に多い登場人物たちのそれぞれの個別の事件が、雪崩を打ってミロに襲いかかってきた感じなので、全体像は掴みにくい。多くの怪しげな人間たちの嘘と裏切りに振り回され、銃撃の中をかいくぐりながらも、ミロの闘志がどんどん燃えてゆくあたりの描写が凄い。

 車を駆使して長いドライブに出ては酒場に立ち寄る。どこを見ても広い空。雲の流れ。片手に美女。四半世紀前から書き継がれきたシリーズのここだけは何ら変わっていないミロのリズムが、やけに懐かしく、嬉しい。

 そして協力者たちへのミロの信頼ぶりがいやに嬉しい。危険をかいくぐる部分を金で引き受ける協力者でありながら、それぞれとの人間的繋がりが楽しく、それぞれの個性がしたたか、かつクールで頼もしい。コンピュータの天才、プロのボディガード、運転手、そしてひょんなことから仲間に加わることになったラストの思いがけない狙撃者たち。ミロの足跡に深く刻み込まれてゆく存在感のある男や女たちだ。

 前作に引き続いて元相棒が、これと言ったシーンではきちんと出てくる。彼らの冷ややかでなおかつ熱い血のつながりが、どこにも書いていないだけに、かえって気になってならない。

 本書は5年、6年に渡って書き綴られた遅筆作家の貴重な一作品である。クラムリーは娯楽小説ばかりではなくアメリカ文学として扱われる存在であるそうだ。確かに文章のシャープさは並大抵ではない。一つ一つの文章に味わいがあり、それはチャンドラーどころではない。

 都会に比べると事件の少ないはずのアメリカ南西部の荒野を舞台にいつも書き綴られているシリーズだが、それだけに治安の悪さは天下一品で、闇から闇へと葬り去られる事実も多いように見受けられる。それでいてクラムリーの自然描写は彼のハードボイルドに最も個性を与えているほどに素晴らしく、そして主人公らの生活に密接しているものだ。

 荒野のハードボイルドというスタイルを構築し、なおも本作でのシルヴァー・ダガー賞受賞という圧倒的な偉業に、ホンモノならではの重厚を感じるばかりだ。

(2004.08.15)