希望



題名:希望
作者:永井するみ
発行:文藝春秋 2003.12.15 初版
価格:\2,400

 最近のミステリーは、犯罪そのものを通したドラマを劇的に描いてゆくというよりも、犯罪を起点としてその周囲の人間たちを、まるで絵模様のように精彩に描いて掘り下げてゆくといった社会派とも呼べるものが増えているように感じるのだが、この作品も実はミステリーという一言では片付けることのできない複数テーマを扱った分厚い物語である。

 傾向としては、どうしても宮部みゆきの一連の社会派作品を思い出す。また神保裕一がこだわるところの犯罪者のその後の再生を描こうとした物語を。

 今ではすっかりなじみとなった心理カウンセラーを中心に置いて、密室での心の吐露を流し込んでみたかと思えば、意味ありげな各章毎の副題が作品全体に陰影を投げかけており、なおかつインターネット、携帯メールといった今のツールを、社会的影響という強大な力を持った危険な武器に変えている。錯綜する人間たちの動きと、別々に進行する思惑の数々が、物語をビルドアップしてゆく。

 元々ぼくは永井するみを松本清張の正統な後継者みたいな位置付けという印象を持ってみていたのだが、その意味は社会派であること、時代性に優れていること、事件が解決するだけでは終わらないいろいろなものごとをリアルに背景に据えている点などに、見つけていたつもりだった。今もその核の部分は変わらないが、宮部作品的な上手さをもさらに身につけ、女性らしいやわらかいタッチで、困難でハードな問題を包み込んで提示しているように見える。

 全体として派手な要素の少ない作品であるのにも関わらず引きずり込まれるように読み進んでしまう面白さは、多くの作家が扱いつつある現代の少年犯罪について、この作家が既成概念で動かず、かなり独自な味付けで料理してくれているからだと思う。

 多くの人間が出会い、心を捻じ曲げ、それなりに真相も明るみに出てゆく。犯罪のモチーフに必ず家族という問題、心のつながりというテーマがちらつくことで、現代社会の疾病の存在がじわりと浮き彫りにされてゆく。人間の心の畸形が生まれ行く原点がくっきりと鮮やかに断定されるわけではないだけに、どうにもすっきりしない。もちろんそれは小説のせいではなく、現実の側に問題があるとしか言いようがないのだが。

(2004.06.13)
最終更新:2007年03月27日 19:41