沈黙のルール




題名:沈黙のルール
原題:The Roles Of Silence (2003)
作者:デイヴィッド・リンジー David Lindsey
訳者:鳥見真生
発行:柏艪舎 2006.10.1 初版
価格:\2,000




 凄まじいばかりの暴力と狂気。それでいながら、リンジーならではの高貴さ。全編に渡り、濃縮した危険が張り詰める。圧巻の作品である。

 メキシコからある一団が国境を密かに越えてくるシーンに本書は始まる。IT産業で成功したタイタス・ケインの自宅に、敵手は入り込み、いきなり法外な金を要求する。段階的に金を支払わないと、関係者が一人ずつ死ぬという脅迫を残して彼は去る。

 知人のつてを頼ってケインは、その道のプロであるガルーシア・バーデンと契約を交わす。警察に教えず、相手にも気取られず、沈黙だけを携えて、チームがケインの元に派遣される。

 残酷な一団は、一人、また一人とケインの大切な知人を事故に見せかけて殺害する。バーデンのチームは最小の犠牲で、一段を壊滅させることをケインに約束する。

 全巻通じて、血腥い。ケインの家は人里離れた森の中にある。静寂の向うに敵味方の視線が入り乱れ、サバイバルを繰り広げている緊張に支配されている。ギャビン・ライアルの『最も危険なゲーム』を思わせる死闘の匂いが漂っている。

 しかし主人公とその妻は、日常から切り離された時間と空間にいることの理不尽に時には耐えられなくなる。心理的に追い詰められることでもたらされる内外の葛藤が、不穏な引き金を引きそうな危うさに満ちている。情況の緊迫に加えて、心理的な圧迫感。こうしたデリケートな事柄を、リンジーのペンは逃さずに書いてゆく。

 カタストロフに向けて深まってゆく息遣い、高まる緊張感。全編、巻置く与わずのスリルが領している。監禁ものとは別のアイディアによる新たな「静寂の叫び」が登場した。これまでのスチュワート・ヘイドン・シリーズでもなく、その他どのリンジー作品でもなく、全く新しい地平を、血のような落日が照射しているのである。

(2007/04/01)
最終更新:2007年07月15日 17:15