刻まれる女




題名:刻まれる女
原題:Animosity (2001)
作者:デイヴィッド・L・リンジー David L. Lindsey
訳者:山本光伸
発行:新潮文庫 2004.03.01 初版
価格:\781



 スチュワート・ヘイドンのシリーズが長らくお目見えしていないが、元来捜査小説が畑である作家であるリンジー。英文学に親しみ、非常に純文学的香気を感じさせる一作一作非常に丁寧な作りの好感溢れる作品が多いが、その重厚ゆえに一般受けしないでいるきらいがあることは否めない。

 本書はそうした作家が書きあげた奇妙な作品。ジャンル的には暗黒小説にしたいくらいだが、彫刻家である主人公の心理小説的側面が強く、なおかつファム・ファタールの存在感をかなり濃厚に感じさせる女性たちの中で、本命と思われるキャラクターが、欲望を軸に生きているようなノワールのスタンダードではないところ、もっとどろどろした愛憎、情念の世界に生きているがゆえに、小説全体は非常に黒い物語でありながら、より多面的要素を備えたものとして判断すれば、本書はシンプル・ノワールとはとても言えない。

 姉妹の一人の奇怪な肉体。それでいて二人ともに備わった偶像的な美貌。彼女らに向き合う彫刻家は、まるで悪夢のような世界に招じ入れられてゆき、その裏には欲望と深い地の洞穴が口を開けている。心理の底を抉りながら、読者は謎に満ちた芸術の世界を彷徨させられる。パリからテキサスの荒地へ。もともとテキサス州ヒューストンを舞台に描く作家であったリンジーがより孤独で閉ざされた場所へ物語を移し、小説のカラーをがらりと変えてしまった。

 本国でハードカバー化された折に、ラストの一章が削られてしまったというが、この一章が実にトンプスン的暗黒世界の一景(別名「破綻」と呼びたくなるくらい)であるだけに、作品の印象、外見に非常に大きな影響を及ぼすと思う。

 前半200ページくらいまで奇妙な空気をまとわせながらもミステリーのミの字も表現されない。事件のジの字もやってこない。後半それを補って余りあるくらいの血と残酷が小説を暴走させてゆくのだが、リンジーはもともと読者にある種の忍耐を強いる作家である。そのあたりを苦痛と感じるか、快感と感じるか。全作読んでいるぼくは当然後者であるけれども。

(2004/12/12)