孤影



題名:孤影
原題:The Upright Man (2002)
作者:マイケル・マーシャル Michael Marshall
訳者:嶋田洋一
発行:ヴィレッジブックス 2007.1.20 初版
価格:\940

 何と言っても前作『死影』のインパクトの強さが忘れられない。熾火のように灼熱をたくわえ残しながら、一年半というもの、このシリーズを待ち続けた。三人の主人公、一人の狂った殺戮者。この追走と逃走のゲームは、三部作を手にするまで、終わることがない。

 前作では、ウォード・ホプキンス(CIA)とジョン・ザント(刑事)の二つの違ったストーリーが、殺戮のクロスファイアの中で合流するまでのミステリアスな緊張が、何と言っても印象に残る。二つの流れに絡んでゆく女性捜査官ニーナの存在がクールで魅力的である。

 本作でも、三人の主人公は、それぞれに別の道程を辿り、前作で取り逃がしたアップライト・マンを追い詰めてゆく。但し、単独別行動を取り、次第に秩序から外れてゆくジョン・ザントの謎めいた行動が、本書により深い奇怪さを与えている。

 物語は砂漠で始まる。ウォードとジョンの二人が発見する大量の死体。殺戮の跡に立つ二人の陰影は、前作に加えてさらに深まっているように見える。一見、シリアル・キラーやサイコ・サスペンスに代表されるただの異常殺人ミステリーという範疇を思い浮かべるものの、やはりその枠に収まり切らないスケール感を本シリーズは確実に感じさせるのだ。

 マイケル・マーシャル・スミス名義でSF畑の活躍が評価された作者だけあって、本書でも人類の歴史を紐解いて、殺人衝動へのあまりにも大いなる動機に触れてゆくなど、通常の視点以上の大法螺ネタに度肝を抜かれそうになる。パトリシア・コーンウェルのケイ・スカーペッタ・シリーズで吹かれた大法螺(ヨーロッパの歴史を生き抜いてきた殺人一族)を思い出したくらいだ。

 三部作の中間作というのは大抵が中途半端な気持ちで終わるに決まっている。起承転結の「承」の部分に終わるからだ。そんな「承」であれ、内部にさらにデリケートな起承転結を秘めて作ってあるあたりが、作者のサービス精神の面目躍如たるところだろう。

 最終作ではさらに大きく驚かせれてくれるであろう「転」と「結」の行方を、今から心して待ちたいと思う。

(2007/03/25)
最終更新:2007年03月25日 23:00