不正侵入



題名:不正侵入
作者:笹本稜平
発行:双葉社 2006.11.25 初版
価格:\1,700

 誰も彼もが警察小説を書き始めた背景には、事件そのものの複雑さ、国際化、あるいはIT犯罪など新手の情報犯罪の出現に加え、警察内部の暗闘、覇権争い、裏金問題など、組織ネタに事欠かなくなった最近報道事情などもあるのではないだろうか。

 佐々木譲が真っ向衝いてゆく道警による裏金問題は、警察による犯罪という市民が最も敏感に恐怖として感じるところの暗闇を抉り出すことで、ジェムズ・エルロイがアメリカの裏面史に迫ったものと同じ鋭さを見せつつある。

 日本のミステリーは、善玉である警察側が、悪玉である殺人鬼を捕まえてジ・エンドというような能天気な幼児的構造からは、とうに脱却しているのである。

 そんな中で、笹本稜平が警察ものとしてまず取り組んだのが「グリズリー」だった。道警に材をとり、これを海外型の大型スリラーに発展させ、娯楽小説の髄を追及したものであると思うが、続く佐々木譲の『制服捜査』に似た設定の『駐在刑事』では、短編小説の書き手としては少々物足りなさを感じるほど、対抗したいわゆる「推理小説」だったのだ。

 そこで第三の警察小説としての本書に関しては、それなりに興味を持って読んだのだ。単純に面白いプロット。IT犯罪に、組織暴力団の最近の事情、例によって警察内部での覇権争い、と最近の娯楽小説ネタがてんこ盛りであり、長編作家としては並ではない力量をもともと持ち合わせている作家だけに、じっくりと味わえる一冊になっている。

 中でもIT捜査課という新しい部署のメンバー、その取り合わせが楽しい。元マル暴の上司と部下が異動になった先には、ハッキングならお手のものという若い女性が着任する。警官離れした部下たちを率いる五十代のオヤジ刑事といったところの日常などは、笹本稜平の作品にこれまでなかった暖かみを出してくれている。

 それでも彼の小説のキャラクターには、プロットによって動かされる駒たちという印象が、どうしても拭えない。プロットを重視するゆえに、性格ではなく役割を与えられてしまうのだ、人間たちが。自動的に人間たちが人間らしく動き出し、作者の思うようにならないことを始めようとするとき、彼の冒険活劇小説は、もっとずっと活きのいい作品になってくれるのではないだろうか。

 この無骨さが変わらないで欲しいと思うファンも沢山いるだろうから、これは読む側の、好みの問題に過ぎないとは思うのだけれども。

(2007/3/25)
最終更新:2007年03月25日 22:56