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すべては死にゆく




題名:すべては死にゆく
原題:All The Flowers Are Dying (2005)
作者:Lawrence Block
訳者:田口俊樹
発行:二見書房 2006.12.25 初版
価格:\2,100



 三人称でシリアル・キラーを描いた章と、従来のスカダーの一人称の章。これらが混じり合う形で、ずいぶんと面食らわされたのが前作『死への祈り』だった。せっかくのネオ・ハードボイルドのシリーズが、ただのサイコ小説に貶められてしまうかのような戸惑いを感じた。正直自分の中では相当な抵抗があった。

 着地点も変だった。割り切れない印象が残った。一体このシリーズをどう捉えていいのかわからなくなった。ただの娯楽小説に終わったか、との印象すら残った。面白いのは面白い。けれど、それだけではスカダーのシリーズではないのだ。そういう気持ちが満たされ切れなかった。

 本書はそうした(私的)評判の悪い前作の、何と続編であった。続編であることに気づくのに、前情報を仕入れていない私は、随分と時間がかかった。4年も時間を置いての続編なんだから、こちらだって実は記憶の彼方だ。

 いずれにせよ、ここでは一旦決着を見ることができる。前作でどうも切れの悪かった印象のある部分が、この作品ですきっと解決してくれる。何もかもが。

 それと同時に、物足りなかったスカダーらしさが、前作への悪評を考慮してのものなのか、それ以前からの仕掛けであったのかは不明なれども、ちゃんとケアされているのが本書なのかもしれない。

 そのブランクの意味もちゃんと説明されている。ニューヨーカーであるスカダー、エレイン、TJのトリオは、あの9・11を体験したのだった。南側を向いたエレインのフラットから見えるマンハッタンに、二つのあの象徴的な建物がない、という現実。そのトラウマは、彼らの心に不当な虚無感を投影し続けている。ブロックが書いたノン・シリーズ作品『砕かれた街』に感じられた厭世的気分、徒労感、空虚さ、そうした中で徐々に立ち上がろうとしているニューヨーク市民たちの、傷痕は本書でもまだ癒え切れていないのだ。

 ブランクは別な場所でも明確に刻まれた。あのアームストロングの店がなくなったのだ。店主のジミー・アームストロングは死んだ。葬儀の日にはデイヴ・ヴァン・ロンクの『ラスト・コール』がかけられたが、そのロンク(実在)も9・11の後、アームストロングの一ヶ月前に死んでいる。刑事ジョー・ダーキンはミッドタウン・ノース署を早期退職し、スカダーの警察とのコネもなくなった。

 スカダーは作中で、過去の多くの死人たちを思い出す。シリーズの最初の作品から順番に多くの死人たちを追走する。

 私の頭の中では、思わずデイヴ・ヴァン・ロンクの、酒で嗄れ切ったブルース・ヴォーカルが脳裏に甦る。ロンクが来日したときにライブを演った店の主(正確にはその奥様)が送ってくれたテープを探し出そうと決意する。シリーズ中の白眉であった「聖なる酒場の挽歌」が、過去に変わり、今、スカダーたちが、9・11後のニューヨークでどちらに歩いてゆくのか見当さえつかない。

 そうした作者の混迷さえ感じる中で、探偵と殺人者との両方の世界を書き分ける作家の内的矛盾が溢れ出したかのような作品である。マットが何と68歳。探偵からも引退し、この後の余生をどう生きようかと割り切れずにいる年齢であるようだ。マットもニューヨークもとにかく歳をとったのである。

(2007/02/25)