狼花 新宿鮫IX






題名:狼花 新宿鮫IX
作者:大沢在昌
発行:光文社 2006.09.25 初版
価格:\1,600




 新宿鮫シリーズ5年半ぶりの作品だという。構想を練りに練ったに違いない。ある意味警察のリアリティを求めたシリーズであり、巻末にいつも興味深い参考文献を列挙するなど、この手のシリーズでは珍しいほどに、情報小説の側面を持たせた、大人向けのシリーズである。

 シリーズ当初から個人的には気に入らなかったロック歌手・昌との青臭い関係も、昌を有名ロックバンドのシンガーに育て上げることによって、次第に鮫島の世界から切り離すようになり、一部のファンとは逆にずっと読みやすくなってきた。作者が折り込みインタビューで言っている通り、本シリーズにはスペンサーとスーザンのような男女の会話は必然ではないと思う。

 過去の作品において清算し切れていなかった仙田と香田という二人の人物を、本書では重要な歯車として回してゆく。狼花という表現は作中どこにも表れてこないが、『毒猿』から一歩進めた中国人密入国者の社会を新宿にふたたび描写する。いきなりナイジェリア人同士の刺傷事件というあたりから始めることで、より複雑に国際化し治安の悪化した都市と、これに対応しきれない警察組織の苦悩、食われ再編成を迫られている組織暴力団の立場、といったところを、本書は大きなテーマとしている。

 かつて以上に鮫島刑事をではなく、新宿歌舞伎町を取り巻く縄張りの変貌と、警察庁の内情とを取り上げて大きな社会問題として取り上げているところに、本書に対する作者の並々ならぬ気合の入れようが伺える。

 その気合を受けたかのように、主力登場人物たちが生存を賭け、夢を賭け、愛憎を賭けて、死力を尽くし合う迫力は、シリーズでも他の作品にはないものがある。

 けれんなく描写する淡々とした作者の文体は、情報小説やイデオロギー小説とも言うべき教条的傾向が強く、娯楽小説離れしてはいるが、それこそが実は、やがて煮詰まり、沸点へと高まってゆく緊張への助走と言える。地味ながらじっくりと書くことで、人間たちのエネルギーの圧力が増してゆく感覚があり、爆発の予感を感じさせる。

 鮫島もまた存在の真価を問われる局面にぶち当たる。内なる葛藤を抱えつつも、自分がなぜ犯罪者を狩リ続けるのか、自分がなぜ現場を走り回るのか、刑事として、人間としての原点を問われる一大エポックとなる事件に膨れ上がってゆくのが、本書の顛末である。

 シリーズ屈指の重要作であり、それだけに密度と圧力のこもった力作となっている。魂の対決が幾重にも見られる重奏曲という印象だった。忘れ難い作品になりそうである。

(2007/02/12)
最終更新:2007年06月17日 23:30