凍夜 (「卒業一九七七」改題)



題名:凍夜
作者:鳴海 章
発行:集英社文庫 2001.09.25 初刷 1998.1 初版(勁文社)
価格:\571

 『輓馬』というこの作家の小説を読まなかったら、かくも地味な作品を手に取りはしなかった。『雪に願うこと』の無料チケットを帯広で手にしなかったら、この作家に辿り着くこともなかった。しかし、ぼくは『輓馬』を読み、『雪に願うこと』という映画を見ることになった。つまり鳴海章という、極めて稀有な作家に出くわしてしまった。

 帯広在住の北海道作家。主として航空冒険小説を書くらしいが、北海道を舞台にした小説も時に書く。スケールの大きな謀略小説を書く傍らで、帯広という地方都市の青春の物語を実は相当の思い入れて書く作家なのである。航空冒険小説の方に興味はないが、少なくとも北海道を舞台に腰を据えて書く作家という事実の方に、北海道人としてまず当然の好奇心を抱く。

 自分自身は関東で生まれ青春を過ごしたが、終の棲家は北海道と決めている。二代目、三代目は北海道の大地と四季を糧に育って欲しいと希う。そんな自分にとって、北海道に生を受け育ち、旅立った青春の物語は真逆の矢印なのである。そうした青春に一つのピリオドを打って、若者は人生の重荷を下ろすために、帯広に還ってくる。この構図自体は、『輓馬』も本書『凍夜』も同じ。

 『輓馬』はばんえい競馬そのものを題材にし、『凍夜』は高校時代の同窓会を題材にしている。同窓会を現在形で進行させながら、実は二十年前の青春を主体に描いてゆく。変わってしまう前の都市化され切っていない片田舎である帯広が、むしろ幻のように過ぎ去った青春の儚さを思わせ、粛々と語られる舞台である。その思い出は二桁のマイナス気温が呼び覚ます凍りつく冬の寒さで彩られている。

 果てしもなく思われる青春の理不尽な彷徨。あの頃にはわからなかったことを不思議な眼差しで見上げたいくつもの時間。時代の向うに消えていった風景や、懐かしい人たち。なによりも凍りつく闇の中で見上げた二階建てアパートの窓辺の薄明かりと、その向うで息づく恋人ともつかぬ異性への淡い思い。

 純情という言葉に猥雑さを纏い始める大人への季節。冬の帯広という狭く、限定された青春の幻想に心を遊ばせる同窓会という名の、人生の楔。過去を題材にして現在に問いかける作家の、あまりに私小説的な世界が、なぜか真反対であるはずの読み手世界に通底するなにものかを運んでくる。

 とても苦くて飲み下せないでいた若き頃の時間を、どこかで酒とともに呷る夜がある。そんな一夜のお伽噺にも似た、人間たちの、情感と哀愁に溢れる、これは大人たちのための永遠なる寓話ではないだろうか。

(2006/05/28)