半眼訥訥


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題名:半眼訥訥
作者:高村 薫
発行:文藝春秋 2000.1.30 初版 2000.3.1 4刷
価格:\1,400

 本書が出た頃の高村薫人気の高さは、たった二ヶ月であっという間に4刷という、重版データを見るだけでも充分に伝わってくる。本書は新聞に発表されたコラムを中心とした雑文集だから、高村読者以外の人にとっては、きっとさほど面白いものではない(と思う)。

 高村薫という、どちらかと言うと融通の利かない、ユーモアもほとんど見られない作家の、私的部分が、相当にあからさまになってしまう本書のような形に、作家当人が様々な自己犠牲を伴いながらも商品化することで了承したというその理由は、一旦世に出した自分の文章に責任を負わねばならないという、彼女なりの高い職業モラルからのものである。

 どこをどう切り崩して読んでみても、伺えるのは彼女のクソのつくくらい真面目な部分ばかりだ。だからこそ、あれほど完成度の高い小説作品が構築されるのだろう。そして自分で納得の行かなかった部分には、文庫化の際、徹底して手を入れるのだ。その辺りの経緯に関しても、作品を例にとって作家は本書のいろいろなページで語ってくれている。

 一つ一つの雑文は短く、様々な新聞、雑誌、コンサートパンフレット、講演原稿など、独立したメディアにばらばらに書かれたものに過ぎないが、寄せ集めてみると当然、作者の当初意図した以上の力で、作家自身の姿が浮き上がってくる。

 雑文の一つ一つは、とりわけ面白いものでもないと思う。気の利いたサービス精神もあまりない。お堅いという印象ばかりが妙に強いのだが、それでも丹念に、作品の舞台裏、いわゆるメイキングといった部分に関して読み拾ってゆくと、この作家をの熱心な読者ならば、それなりの驚きや新たな発見に満ちていると感じることは、充分にできるはずである。

 ドストエフスキーの影響。大阪人でありながら大阪弁を話すことのできない作家としてのコンプレックス。大阪を舞台にした舞台設定との訣別。人間の個性を作るのが職業であるとの視点(警察小説も例外ではなく)。ストーリーよりも、小説とは人間を作ってゆく作業であるとの認識。だからこそ職業を描いてゆくことが重要であるというポイント。また人間は、風土に規定される部分も多いという仮定。だから自分は具体的な地名を極力使うという小説作法。例えば大阪人である合田という刑事の東京での孤立。

 こうした様々なメイキング関連データが溢れかえるゆえに、高村作品という難解を読み解くひとつの鍵が埋め込まれているのが、本書の価値だろう。ぼくとしては、『晴子情歌』以降のメイキング・データに関して、実のところ一刻も早く入手したいと思っているところである。

(2006/02/26)