神の火(文庫改稿版)




題名:神の火(文庫改稿版) 上/下
作者:高村薫
発行:新潮文庫 1995.4.1 初刷
価格:各\560(本体各\544)

 本当に全面改稿でした。この人は全面改稿が好きなのかもしれない。以前の『リヴィエラを撃て』にしても、元々が新潮推理サスペンス大賞にアマチュア時代に応募した作品を「全面改稿・大幅加筆」して、新潮ミステリ倶楽部から書き下ろしているわけだから、初期作品を書き直したいっていう欲求が強い、いわば完全主義射的な一面があるのだろう。

 新潮ミステリ倶楽部版の初代『神の火』を読んだ時には、『黄金を抱いて翔べ』の路線の襲撃もので行く作家なのかな、と思わせるくらいにデビュー作と似通った作品だった気がするのだけど、全面改稿版の方は、どちらかというと『リヴィエラを撃て』のようなスパイ小説の性格の方に大きく傾いてしまった作品になっていると思う。

 その分、ページ数的にもかなり増えていてボリュームアップした大作となっている気がする。細かいところではやはり男と男のふれあいの感覚を女性・高村薫は持ってないなあという点がいつも言うように気になるし、それどころか男と男の間にすら性的なフェロモンを暗示させる方法は相変わらず生理的についていけない。ディテールを書き込む作家だからこそ、こういうのはもったいない気がするけど、逆にいえば男を書き切ることはできないよなあ、という、何となく登場人物たちにバイセクシュアルなものを感じちゃうのである。

 世の名作と言われる作品では、たとえどんなに愛情に飢えていて友情に寄りかかった男と言えども、高村薫の男たちほどにむき出しにはならないんだと思う。違った形のダンディズムを持って欲しいものだけど、それではもう高村ワールドではないのだろうな。ということで最近はこの辺りは諦め・・・・。

 全体的にはやはり凄い小説だとしか言い様がない。高村薫に関しては嫌いな人は嫌い、好きな人は好きとはっきりしているみたいだけど、ぼくは好き嫌いを越えたところで、これだけ書ける作家が日本に他にいない以上、この作家への期待を大きく持たざるを得ないのである。読みやすい=面白いではない、というのがぼくの持論なので、この読みにくさ、掴みにくさは、作品が誠実であればあるほど、表面に出てきてしまう抵抗値のようなものであると考えています。

 この抵抗値に増幅されて、ますますいいよ、というのが、ぼくの『神の火』なのですけどねえ。『照柿』よりずっと良かったくらいです。


(1995.04.17)
最終更新:2007年02月10日 23:28