黄金を抱いて翔べ




題名:黄金を抱いて翔べ
作者:高村薫
発行:新潮社 1990.12.10 初版
価格:\1,350(本体\1,311)

 これは今年の日本冒険小説ベストワン間違いないだろう。うーむ、少なくとも好みの文体。ぼくの好みのストーリー。ぼくの好みのキャラクターたち。

 国産小説もここまでレヴェル・アップしているのか? ともかく凄玉冒険作家の登場である。しかもなんとまあ昭和29年生まれのキャリア・ウーマン。驚いたことに女流作家なのだ。女流作家の作品がぼくの心をこうまでも捉えたのは、はっきり言って初めてだ。

 メイン・ストーリーは銀行の地下三階に眠る百億円の金塊強奪。舞台は大阪。

 ううむ、この作品に限っては大阪を知らない自分が悔やまれる。それほどまでに大阪という街特有の混沌感を、作品全体に表現しているのだ。東京ではあり得ない独特のこってりしたムードが犯罪に魅せられる主人公たちの素顔を浮きぼりにしてゆく。凄まじい街と凄まじい季節。暴力と憎悪とのごった煮。粘着質な風景群。

 そしてその骨太のメイン・ストーリーを支えるのは、登場人物一人一人の尋常ならざるヒストリーだ。プロの泥棒。殺人者。北朝鮮のスパイ。公安。暴走族。コンピュータのプロ。様々な悪党たちが占めて6人。うだるような熱い夏から、冬の銀行襲撃に向けて、疾走する。ううむ、やはり素晴らしい作品だぞ。

 女性らしさなんてあまり感じられない小説だ。強いて言えば、作品全体に流れる同性愛的なムード。これがやや作者の性を感じさせる程度で、全体の骨子は非常に男性的でタフに仕上がっていると思う。まず銀行襲撃計画の緻密さ。電気・爆薬・通信網・そして銀行周辺の地理・分刻みの作戦、どれをとっても完全主義に徹しているのだ。これは並みの作家には書けまい。素晴らしい丹念さだ。

 そして全体を貫く情念の見事さ。これはまるで女性版志水辰夫節ではないか。女性版船戸与一ではないか。絶賛のし過ぎかもしれないが、とにかくぼくは好きです、この作品。次作が読みたい。本物の国産冒険小説に飢えている人にはぜひともお薦めしておきたい一冊。

 なおこの作品は佳作『賞の柩』を下し、見事第3回日本サスペンス大賞を射止めている。

(1991.04.08)
最終更新:2007年02月10日 23:04