夏のエンジン



題名:夏のエンジン
作者:矢作俊彦
発行:文藝春秋 1997.9.30 初版
価格:\1,429

 『あ・じゃぱ・ん』でぶったまげたので、読み残してあった小説集『仕事が俺を呼んでいる』に続いて、こちらを手に取った。上記二冊を読む限り、矢作はどちらかというと歳を取った、もう若き暴走の小説は書かないのか、と思えていたのだが、なんだかこの小説集を見ると、相変わらず健在なんだなあ、とほっとする。

 矢作というのは性格の偏った、若さゆえの気障だとかブランド志向がまず鼻につくのだけど、徹底したそのスノビズムによって、日本という庶民臭い土地、日本人というどうにも格好のよくない人種を、遠く離れてしまうのだ。欧米人なみの洗練された若者たちとクラシックで粋な車たち。

 『マイク・ハマーへ伝言』からこのかたずっと行き続けてきた矢作のアウトサイダーたち。日本的な日常から、臭みからはみ出て、ぐっとずれてゆくことで、人々の外側に身を置き、実に不安定な瞬間を迎える若者たち。それが矢作の小説の魅力なんだな、と、ここに来てつくづく思う。

 大薮春彦や矢作俊彦のブランド志向は、庶民の暮らしに背を向けて、欧米のガンマン気質に向かうところにその基調がある。何となくクリスタルなんじゃなくって、あくまで排他的に自分を狭めて行くことのほうに、彼ら和製ハードボイルドの主役たちの世間への対決姿勢があり、その誇りに裏打ちされたダンディズムがあるのだと思う。

 矢作はブランド志向や田舎への差別意識が鼻についていやだと言う人がけっこういるみたいだけれど、別の面でぼくは彼の作中に見られる非日常を志す若者たちは、やはり今の若者たちにはない(ぼくの世代でも既にいなかった)戦後高度成長期の背伸びした日本の若者たちの正しい姿だったんじゃないかって思えるときがある。

 こうまで60年代にこだわったストーリー作りを続ける矢作の、それはやはり妥協不能な何かであるに違いない。こうした元気のいい短編の一つ一つが実に嬉しい作品集。「あの矢作」にひさしぶりに再会したという気がした。

(1998/05/26)


題名:夏のエンジン
作者:矢作俊彦
発行:文春文庫 2004.11.10 初刷
価格:\619

 まったくどうかしている。八割がた読んだ時点でも、自分がこの本を再読しているのだということに気づかなかった。すっかり焼きが回ったものだ。

 まあ、短編集だから仕方ない。短編まではいちいち覚えていられないよ。などという言い訳はできるかもしれない。でも自分の中で、車をテーマにした短編集というのは『舵を取り風上に向くもの』しか記憶になかった。そのことだけでも自分を許すわけには行かない。

 というわけで、大昔に感想まで書いていた事実に行き当たり、さすがに唖然とした。矢作よりはいくつも年下だ。老化で追い越してしまわないように、十分注意しよう。脳みそに鑢がけしておこう。

 最後に。再読してナチュラルに感じたというだけでも、この本見っけものかもしれない。昔より矢作の精神感覚が理解できるようになっている自分を、ここのところ感じている。昔より、エッセイも短編集もずっと心の深いところまで入ってくる。文章のテンポに身を委ねることができる。

 互いに大昔を懐かしむという点で似かよったものがあるのかもしれない。そう考えると何だか悔しい気がしないでもないけれど。

(2006/05/28)
最終更新:2007年02月10日 22:44