仕事が俺を呼んでいる



題名:仕事が俺を呼んでいる
作者:矢作俊彦
発行:文藝春秋 1993.5.25 初版
価格:\1,600

 すっごく昔に買っておきながら、ずっと書棚に眠らせていた一冊。この際矢作作品は全部と、ようやくぼくの中での日の目を見たのだけれど、これなかなかいけるのであった。『あ・じゃぱ・ん』はいわゆる一般的読者層にはあまりオススメできないけれど、こちらの本は気軽に誰にでも貸してあげられる。

 とっつきやすいショートショートにも似た超短編形式であるうえに、さまざま職業についた名もなき「彼」や「彼女」が紡ぐ、実に洒落た物語。洗練された会話体と、物語の確かな手応え。『マンハッタン・オプ』からこのかた、矢作の最も得意とする表現形式とも言える、手を抜くことのない短編の技が実に冴えてる。

 全部で38の物語。全部で38の職業。それが、センスのいい装丁のソフトカバーに収められている。ぼくは初期矢作作品の装丁はどれも大変好きだけれど、その頃、日本のハードボイルドの夜明けにどきどきしていた自分の若さみたいなものを思い出させられる。何だか書棚の一角に必ず置いておきたくなるような本としての最初の魅力。それが矢作という作家の一つの秘密なんだろうと思う。

 ちなみにこの本が書かれたのはバブル最盛期であり、どの物語もその頃の日本を髣髴とさせる。今、経済的危機に陥っている北海道でこれらの物語を読んでいると、それなりのノスタルジィさえ感じてしまう。これらの物語の断片の中に、大きく日本人の気質とか性格が頻繁に描かれているところからは『あ・じゃぱ・ん』へ向けてそよいでゆく微風の存在を確かに感じてしまう。

 何度か読み返したくなるような、そして気軽にそれができる短編集です。

(1998.08.01)
最終更新:2007年02月10日 22:35