悲劇週間



題名:悲劇週間
作者:矢作俊彦
発行:文芸春秋 2005.12.15 初版
価格:\1,905

 矢作俊彦は明らかに変化を遂げている。それも毎年、徐々にではなく、大きく、いかがわしく。

 もともとは変化の少ない若手作家だった。ハードボイルドの旗手であり、アメリカにかぶれ、ヨコハマをステイタスにした嫌味なレトリックで、ある時代をカリスマとして日本のエンターテインメント小説界に風穴を開けた作家であった。人間としてのあまりの気障、嫌味っぷりに、毒を沢山盛られながらも、一握りの読者だけがこの作家に心酔した。

 矢作俊彦は、FM放送で『マンハッタン・オプ』のシリーズを朗読用に書き、売れっ子劇画家である大友克弘に原案を提供した『気分はもう戦争』で時代を切り裂く超メディア的作家となった。

 矢作の作品の多くのカバー画を飾ったのは、やはりポップで超次元的な漫画家・江口寿史。一方で司城志朗との共著三部作、『暗闇にノーサイド』『海から来たサムライ』『ブロードウェイの戦車』は、日本冒険小説協会が世に生まれる一歩前を行っていた大型娯楽冒険小説として、一握りの愛読者を桁違いに増やしてゆく。

 冒険小説の時代、読書的真夜中に、もう一歩早すぎた作家が矢作俊彦であった。時代にいまいちフィットしないエキゾチズムをいつも両手に引っさげて肩で風切って歩いていた男だ。

 そんな作家が『コルテスの収穫』をとうとう完成させぬまま、『THE WRONG GODDBYE』に引き続き、またも緻密極まりないプロットの大作を世に生み落とした。渾身の下準備を伺わせる海外を舞台にした歴史小説。しかも主役はあのフランス詩の翻訳家・堀口大學、20歳。舞台はパンチョビラやサバタの疾駆するメキシコ。恋、革命、戦争に彩られた、ある時代のセピアな断面図。

 矢作独特のレトリックに、ノスタルジー豊かな明治の語句を織り交ぜて、日本語の美しさを、テキーラのパンチ、マリアッチの興奮に乗せて綴ってゆく、稀代の文学。娯楽小説の地平をとんでもない方角と時代に求めて、書き示した圧倒的な力作が本書である。毎年一度、矢作万歳! を叫べるようになったこの幸福を、いったいぼくは、どう言い表したらよいのだろうか?

(2006/01/29)
最終更新:2007年02月10日 22:26