あ・じゃぱ・ん







題名:あ・じゃぱ・ん 上/下
作者:矢作俊彦
発行:新潮社 1997.11.30 初版 199.1.30 2刷
価格:上/\2,400・ 下/\2,800

 何とも驚天動地の本を出してくれた。この作者にしてこの渾身さというのは、それだけで歴史の新しいページと呼びたくなるところ。『ヨーコに好きだと言ってくれ』以後、ハードボイルド小説からの長いインターバルを終えた矢作は『スズキさんの休息と遍歴』で、いわゆるスラップスティック作品とうものを初めて世に出して、これまでの矢作読者をあっけに取らせた。そして『仕事が俺を呼んでいる』という超短編集以降、ふたたび長いインターバル。その間、ぼくは『ニッポン百景』なるこれまた矢作らしからぬ雑誌連載で、今の矢作の心情やら視点やらをおぼつかないまなざしで見据えていた。『コルテスの収穫』の未発刊である下巻には既に見切りをつけた頃の話であった。

 そして今、この『あ・じゃぱ・ん』傾向としては、スラップスティックだが、むしろ遥かな昔、漫画家・大友克弘に原作を提供した『気分はもう戦争』が最も距離のない作品と言えるのかもしれない。ごった煮、そして奔放。それでいながら最後に持ってゆく大団円に向けてこめられた伏線の数々。いずれにせよ矢作の中の多くの要素をこめた実に大技である。

 矢作の作品がいとも簡単に再版されるなんていう珍しい現象を引き起こしているところを見ると、世の中の諸氏が『新ニッポン百景』あたりで矢作という男にその庶民性、ある世代の現在を見て、ある種の共感や興味を抱き始めているのかもしれない。おそらくかつてハードボイルドの旗手して不動のスタンスを持っていた矢作というもう一つの顔の方をご存じない人々が……。

 設定は仮想戦記ならぬ、仮想日本記でありながら、チャンドラーの『さらば愛しき女よ』などの名シーンの明らかなパロディを初めとして、主人公のネーミング、ヘミングウェイのエピソード、その他、いろいろな意味でハードボイルド作家・矢作の顔が随所に覗いている。また彼の過去のエッセイなどにも散見された、矢作なりの趣味、趣向、登場する人物たち。矢作ファンなら必見だろうが、そうでない人が読んでも気づきもしないだろうなあ、と思われる隠し絵的な興味がふんだんに盛り込まれているのが、この大作の見所、読み所。

 日本というとても独特な国をここまでの大法螺で表現することは並み大抵のことではなく、いかにもおちゃらけたような文体で貫かれるこの作品の随所に、矢作の作家としての力量、文体の魅力、天分のようなものが散見されていることは確かである。もっともここまでおちゃらけた文体で、気ままな書き方であるから、小説として評価されるにはあまりにもリスキィな部分があるし、ぼくも矢作ファンではない人には決してオススメしないタイプの本であると思う。

 逆に矢作ファンにとっては、まるで「矢作辞典」みたいな大作なんである。必読!

(1998.06.01)
最終更新:2007年02月10日 22:14