天使たちの場所




題名:天使たちの場所
作者:香納諒一
発行:集英社 1998.02.28 初版
価格:\1,700

 今夜は帯広郊外にある十勝川温泉のホテルの一室にて本書を読み終え、これを書いている。露天風呂やビールの日々が続いているし、先週は道北への二度の往復でウニ、カニその他を食べまくっている。なのに痛風の薬を切らしているので再発発作に脅えながら今日もエビを食べ、ビールを飲んで、今宵の至福にだけ賭けている思い。まあそんな環境でこの短編小説集を読んだのだと思っていただいて構わない。

 こんな環境が明日も明後日もその後もずーっと続くわけもなく、今宵一夜の充足は今宵限りのものでしかない。それが旅であり、非日常的な落ち着きのない、あるぼくの断片なのだ。

 この小説集は、どれも海外でのそうした断片を捉えた、いわば落ち着きのないそのタイミングだけの物語である。海外旅情小説集と言ってもいいほどその日だけのその場所だけでの物語なのである。もっとも小説というのは海外の旅の途上のものを扱ったものに限らず、ある意味でどれも旅程途中の物語と言ってしまえるのかもしれないが。

 香納諒一は『梟の拳』『ただ去るが如く』で長編作家としての揺るぎなき存在を読者に与えた後、短編小説集ばかりを続けざまに出し、これはその3作目なのだが、その中で感じられたのは、短編という極めて厳しい創作条件が作者に要求するさまざまな状況が作者自身をより研ぎ澄ませてきたとの実感である。この短編集でも作者の個性、新しい局面がより浮き上がってきたのは明らかなように思う。

 個人的には『サリーの微笑』が良かった。あとがきで作者自らが解説しているように、実在のモデルの存在を感じさせるほどの登場人物の存在感が良かった。二十歳頃の海外の放浪の経験を日記でも記録でもなく、こうした形で表現できる作家というのが羨ましくなるような短編集であった。十勝川の静けさにもよく似合った本だった。

(1998.7.21)
最終更新:2007年02月10日 21:02