梟の拳




題名:梟の拳
作者:香納諒一
発行:講談社 1995.10.27 初版
価格:\1,950(本体\1,893)

 腰巻のセリフに『構想5年、渾身の900枚!』とあるだけに、この作者にとっては、これまでの作品より遥かにモチベーションのある作品なのだろうと予想し、読み始めるが、香納諒一はこの作品を世にだしたいがために作家を志したのだなと思われるほど、熱のこもった作品であった。彼の代表作となる一作でしょう。

 これまでの作品とはまるで違った筆致で、網膜剥離で視力を失った元ボクサーの再起を描く。ボクサーらしく非常に尖がった性格であり頑固であり、これまでの主人公に見られるいわゆる知性的なものよりは、遥かに動物的なキャラクターであるところが異色である。

 そしてボクサーの立ち直りの話かと思いきや、いきなりチャリティ番組中継中にホテルで起きた殺人事件。その向こう側には、読み進むうちに、社会的弱者たちとその守護者、企業利益を優先する組織、といったさまざまな思惑の絡んだ謀略が見え隠れしてくる。

 主人公を盲目に設定した一人称小説というのは、描写の方法だけとってもかなりのハンディを追うことになるのだろうけれど、さらにこの主人公を、巨大な謀略に立ち向かわせるのだから並み以上の筆力を要するだろうと思ってはみたが、盲目であるゆえの探索行や闘争がそこらの小説を遥かに上回るほどの迫力が見られた。

 三人称であったらどこかしらけて見えてしまったかもしれない物語を、盲目の主人公の一人称で描き切ったことで魅力的なものに変えてしまった。デビュー作の頃からぼくの買っている作家だけに、この大きな小説的ステップアップは非常に嬉しいものがあった。 

 この作者も一年一作程度なんだけど(昨年は二作だったが)どうやって生活しているのでしょうね。

(1995.11.05)
最終更新:2007年02月10日 20:31