セント・メリーのリボン







題名:セント・メリーのリボン
作者:稲見一良
発行:新潮社 1993.6.20 初版
価格:\1,400(本体\1,359)

 ハードボイルドとは何ぞや? の質問に対して、 必ず入れておきたい答の一つが「頑固なやつらの小説であること」であると思う。この作者は頑固極まりない男だと思う。だからこの作者の小説はどれもこれも頑固者でいっぱいなのである。

 『ダック・コール』という本は短編集のくせに山本周五郎賞を受賞した。短編集で受賞というのは珍しいどころか、一つの快挙だと思う。でも『ダック・コール』にしろ、本書『セント・メリーのリボン』にしろ、なぜ彼の短編集が多くの賛辞を集めるのか、一読して理解できる。こんな風に短編で人の心を捕まえる作家というのはあまり多くはないと言えるからだ。

 山本周五郎も短編の使い手であったことを考えると、なんの違和感もない受賞であるとぼくは『ダック・コール』で感じていた。そして本書でそのことはただ確信を深めさせられただけであった。多くの長編を軽く抜き切ってしまうような本であると思う、これは。

 『麦畑のミッション』は『メンフィス・ベル』を彷彿させる爆撃機の物語だし、『花見川の要塞』はだれかに映像化してもらってファンタスティック映画祭に出典して欲しいような小説、『セント・メリーのリボン』はぼくは泣きそうになったぞ。

 『焚火』の老人は、作者を彷彿とさせる老人の風貌が描かれた深みのある美しい作品だった。『終着駅』はこれ自体とても誠実な作品であると思う。

 ほとんどの作品に共通なのが、銃と犬である。ほとんどの作品に共通なのが自然であり、アウトドア志向である。作中主人公が <山のフィリップ・マーロー> と呼ばれるシーンがある。犬の走る姿、その毛並みが美しく描かれている。あらゆる意味で最良の作家であるように思う、この人は。歳経ねば書けない類の作品ばかり。

 ぼくは、思わずかしこまってこれを読んでしまうのである。

(1993.07.13)