ダック・コール





題名:ダック・コール
作者:稲見一良
発行:早川書房 1991年2月15日 初版
定価:\1,400(本体1,359)


 新しい作家を短編小説から読み始めるのはあまり良くないな。まずこれが第一の感想である。しかもこれは鳥を主題にした短編集、ある種のレイアウトも施され、一応統一性のある短編集。『ダック・コール』と題された作品はないし、ダック・コール(鴨笛)は登場しない。そして作者はレイ・ブラッドべリの『刺青の男』にヒントを得ての一冊の短編集としての構成を狙ったという。短編集はプロローグ、モノローグ、エピローグというひとつのエピソードに囲まれている。この囲い枠の役を果たすのは、現実に幻滅し迷いの旅を続ける若者が、小石に鳥の絵を描く奇妙な男と出会うシーンである。鳥の絵を眺めているうちに、短編が紡ぎ出されて行くという構成。小石に鳥の絵を画くのは作者の趣味。鳥の絵は、つまりこの本を通して彼の短編作品に形を変えたわけだ。

 新しい作家を短編小説から読み始めるのはあまり良くない。思ったとおり、印象に残るのは謎めいた全体の色合い。とりわけ中編と呼べるような二作品が強烈な色合い。他の短編一つ一つは幻想とその残像の匂い。感覚には染み透るが、数ヶ月を経ると消えて行ってしまう予感があるのに違いない。やはり作家は長編から読み始めるべきだろう。

 『望遠』は現実からロマンへと滑り込んでしまう青年の一瞬を描いた好編。

 『パッセンジャー』は昔話風でありヒッチコックの鳥を連想させる作品と思いきや、最後の解説の下りに意味があるらしい文明批判論。内容は素晴らしいのだけど、これではぼくには小説と認め難いものがあるのですが (^^;)

 『密猟志願』作者の分身であるかに思われる初老の男と正体不明の少年との心の交流。やはり小説らしさより、エッセイ風の主張が込められている点が気になるのだが、これは素晴らしい傑作です。これだけを読むために、この本を買ってもいいかもしれない。

 『ホイッパー・ウィル』脱獄囚を追っての山狩りの一団。『パッセンジャー』に続いて少し昔らしいアメリカの大自然が舞台。主人公が二世部隊出身である点が辛口に語られ、最も冒険小説らしい体をなした作品。船戸の色合いだが、毒はなく、むしろなにかの賛歌である。

 『波の枕』漂流を描いた幻想的な作品。なかなかのストーリー・テラーである。

 『デコイとブンタ』現代のお伽草子。『密猟志願』に続き学校からスポイルアウトした少年の優しさを描く。これもロマンチックでセンチメントで素敵な作品だ。

 全体を見通すと確かな主張と確かな筆力を感じさせる、素晴らしい作家。幻想的な流れる感覚の間に間に書かれたような、やわらかな空気の流れを思わせる。それだけ登場人物たちに作者の思いが投影されており、物語としての構図よりも作者の警鐘を意識させる。好きな人はたまらなく好きになり、嫌いな人は退屈させられる作品なのではないだろうか?

 アウトドア傾向の強いぼくにとっては、小説ということへのこだわりを捨てた、セミフィクショナルな叙情詩である。そうしてみたとき、多くの山男たちが書き残した卓越せし文章や山日記の数々をぼくは思い起こさざるを得ない。山野を歩く人々は多くの場合、詩人的要素を有しているものだからである。テントの中で5、6人の男たちの集団が酒に眼を潤ませながら「男というのはロマンチストなんだよ」とこぼすリーダーの言葉に真剣に肯き、遠くを見つめる。そうした神聖な空気を嗅いだ者にとっては、これはたまらない作品であった。

(1997.7.28)