ゴサインタン -神の座-


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題名:ゴサインタン -神の座-
作者:篠田節子
発行:双葉社 1996.9.25 初版
価格:\1,800

 篠田節子の文章というのは読みやすい。またストーリーテリングについて言えば、今の日本のエンターテインメントを書ける女性作家では一二を争うものがあるとさえ思っている。なぜこの人が直木賞作家ではないのか、いつも疑問だけど、もしかしたら彼女の選ぶ題材の辺境性というあたりに原因があるのかもしれない。

 彼女の選ぶ題材は、世の日常の隙間にひそむ穴ぼこのようなものが多い。もともとが市役所勤めをしていた篠田節子にとって福祉関連の話題がテーマになることはままあるのだが、そのあたりの過去の経験が、市役所という日常の代表のようなものからこぼれ落ちてゆくような、個人的な、しかし普遍的でさえありそうな物語を、彼女の中で選ばせるものなのかもしれない。

 だからこのような日常からこぼれ落ちてゆきそうな危うい物語が多いのだ。価値観のすさまじい逆転や、しがみつくものの多さ、といった断面から、人間の不安定さをいつも容赦なく書き綴るからこそ、篠田節子という作家は面白く、また予想し難い。

 今度の話はいつにもまして力作である。単に枚数を費やしているというのではなく、枚数を費やさねばこのような物語は、なかなかこのような物語として成立しないだろうと思われるからだ。書くのは非常な労力だろうと思われる。ましてや割り切れるような話ではないのだ。

 評価が悪いとすれば、このあたりの割り切れなさとか、ある意味では荒唐無稽な展開、また教訓的な話に過ぎないのではないかという作品自体への疑問だろう。自分でもヒロインの教訓的な台詞にうんざりしかけたが、考えてみればそれは語り部である主人公の心情でもあり、自分はいつのまにか作者の手中で躍らされているという仕掛けになってもいるのだ。

 最後まで共感を覚えさせる作者の強引な筆使いこそが、この作品を単なる善なる小説から救い出し、読む面白さを教えてくれている気がする。これがぼくの最初に言った篠田節子のストーリー・テリングなのだと思う。作者の最高傑作という名を冠して過言ではない作品でしょう。

 なおこの作者いわゆる多ジャンル作家ですが、これは傑作『聖域』に近いサスペンスフルな作品だと言っておきます。

(1996.12.01)