カノン



題名:カノン
作者:篠田節子
発行:文藝春秋 1996.4.25 初刷
価格:\1,600

 帯にはホラーなんてあるし、説明のつかない幽霊が出てくるような話ではあるのだけれど、やっぱりこれはホラーでもSFでもないと思う。じゃあなんだ? と聴かれていつも困るのが篠田ワールドであったりする。

 これは人生の半ば40歳に達した男女の、今を振り返る小説であると思う。ちょうどぼくは作者と同世代なので、こういう年齢の読者が読むとしみじみ心に入ってくるような話ではあるけれど、そうでない人にはどうか?

 『テロリストのパラソル』が賛否両論に分かれたのも、この辺りの世代の問題が大きかったように思う。小池真理子の『恋』も同音異曲といったところがあり、そして彼らの少し下の世代に当たる篠田節子とぼくのような読者。小説なんてそもそも客観的に味わうような種類のものではないのだ。

 物語はこれまでに較べ娯楽色が弱く、どちかと言うと『恋』にインスピレーションを受けて書かれたのではないかと思わせるような、作者の色が滲み出た作品である。これまでも絵や楽器を題材にして「芸術家小説」とでも言うべきジャンルを多く手掛けている篠田節子だが、ここではそこにもう一つのお家芸でもあるミステリアスな謎の味を加えて、ますます達者になった筆力を駆使している。うまい文章だといつもつくづく思うのだ。

 ただ心理描写その他、抽象が多いのが残念。もっとホラーの味を強く出してくれていたら質の高い作品として印象に残ったかもしれなかった。

(1996.05.03)
最終更新:2007年02月07日 23:22