ジェンダー・クライム






題名:ジェンダー・クライム
著者:天童荒太
発行:文藝春秋 2024.01.15 初版  
価格:¥1,700


 ずっと家族の軋轢をテーマに描き続けてきた作家・天童新太の久々の新作を手にする。デビュー当時の作品に一時のめり込んだものの、直木賞受賞作『悼む人』以降、長いこと(15年くらい)この作家から遠ざかっていたぼくであるが、今回手に取った本作を見て、物語の目指すコアなテーマ自体は全く変わっていないなと思えた。

 以前と異なるとすれば、エンターテインメント性が増したことだろう。警察小説というスタンダードな形を取ったことにより、ダブル主人公である鞍岡と志波の警察捜査小説という面が前面に出て、初の天童読者であれ取っつきやすい造りになっているように思う。若い頃の作者であれば、生理的にしんどい描写で、事件や罪の暗く残酷なイメージをもっと前面に出してみせたであろう。しかし、本書は普通の警察小説のようにしてあまり抵抗なく読み進むことができるのではないかと思う。

 家族という作家の永遠のテーマはそのままに、本書ではもう一つの作家の個性とも言えるタイトルにもなったジェンダー・クライムにスポットを当ててみせる。いわゆるレイプである。集団レイプというシンプルな暴力を軸に置きつつ、その圧倒的暴力から周囲に拡大してゆく波紋の数々を精緻に描いてゆき、そのすべてに取り組んでゆく刑事たちの生きざまが本書の一番の読みどころなのだと言っていいだろう。

 取り散らかしたような数々の出来事と謎のすべてが徐々に明らかになり、最終的にすべての謎が回収されてゆく終盤の構図は見事としか言いようがない。トリックとその解明ではなく、むしろもつれにもつれた人間関係図を鮮明にし、それぞれの個の動機と動線を明確にして行くのが本書で複数の刑事たちが果たす役割であるように思えた。それぞれの男女刑事たちの個性も明確で、謎めいた若き志波刑事の才能とその熱情の理由にも最後には意味が与えられるなど、いろいろな意味で心地よい。

 ただこの作品の中に潜んでいる悪意や無反省、暴力やその動機の軽薄さなど、怒りの拳を振り上げたくなるような描写も多々散在する。根本的に罪を作るその無情なエネルギーが、被害者に決定的な不幸や死を与えるものである。そうした憎むべき性犯罪群に立ち向かう男女四人の刑事たちを中心とした熱い仕事ぶりや誠実な生き様こそが、この作品で感じ取るべき最大の宝であるように思えるこの作者らしい一冊であった。

 練りに練られたプロットゆえ、登場人物の多さに辟易する点、改善されないものだろうか。国産小説には登場人物表がほとんど見られない。人物一覧がほぼ付加される海外小説に比べて読みにくいことこの上ない。これほど多くの名前を持った人物が登場する作品である。出版社には是非ご一考願いたい。

(2024.01.27)
最終更新:2024年01月27日 16:25