街とその不確かな壁




題名:街とその不確かな壁
著者:村上春樹
発行:新潮社 2023/4/10 初版
価格:¥2,700




 どこかで読んだ。どうも既視感のある作品だ。壁に囲まれた一角獣のいる街。この長い小説である本書を読了した後に、書棚から取り出した作品『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を開く。やはりそうだ。その古い作品(谷崎潤一郎賞を受賞している!)は、二つの物語『世界の終わり』と『ハードボイルド・ワンダーランド』を別々に語り継いでどこかで合体させてゆく小説なのだが、『世界の終わり』こそが、この新作『街と不確かな壁』で構成し直された奇妙な街の原形である。

 さらに言えば、専任作家になる前の村上春樹によって書かれ、文芸誌に掲載されたが書籍化はされなかった原形となる作品があったそうだ。壁に囲まれた一角獣のイメージを描いた<街>の物語だということである。デビュー作と言われる『風の歌を聴け』より前のエチュード的作品。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』は、1985年にその原型に肉付けを施した大作であったが、もう一つの形を遂げたのが、その四十年後に三年かけて書き上げたという本書ということになるらしい。

 村上春樹も30代から70代に成熟した。ぼく自身も村上春樹を読み始めた20代から、気づいてみれば60代後半の年齢になってしまった。死の足音が少しずつだが確実に近づいてくるような、今となると残された生を考えねばならない微妙な時間軸に立っているのだ。

 そう。ぼくの村上春樹作品にいつも強く抱く最大のイメージは、実は<死>である。若い頃の作品から、いつもずっと形を変えつつ、<死>と向かい合い、<死>を描いてきた作家であると言う概念を村上春樹という作家にぼくは抱き続けているのだ。

 『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』そして、かの大ヒット作『羊をめぐる冒険』で完結する三部作でも、<死>は最大のテーマとされてきた感が強い。『ノルウェイの森』では<生(性)>と<死>が同様に強く浮き彫りにされていた。命のパーツとしての性描写は、死の対極である<生>の象徴として村上作品に執拗につき纏ってきたように思う。しかし作者の青春現役時代と70代になった現在は、村上春樹と言えども少しずつ変化を遂げているようだ。全体に動よりも静の描写が作品全体を覆っているかに見える。そして現在よりも過去を見つめているように捉えることもできるような気がする。

 本作は、相対的にとても静なる作品と言っても良いだろう。とりわけ作品の大半を占める第二部は、静かな日常を送る主人公と、静かな山間の町の図書館を中心に描かれる。冬と雪と静けさ。静かな図書館でひたすら本を読み続けるとても無口な少年M**。小さなコーヒーショップでコーヒーとブルーベリー・マフィンを前にする主人公は、店を経営する女性と静かに心の交流を持ち始める。

 そう言えば登場人物たちに名前がないのも不思議である。ぼく。きみ。私。M**。図書館にまつわる数名の人物は、幽霊を含めて名前が与えられたりしている。名前のある人とない人。この違いは何なのだろうか? 名前のない人の方が、より主体的な重要な役割を与えられている、というのがぼくの印象ではあるけれども。

 そもそも作者からの特段の説明はどの作品においても特に与えられては来なかった気がする。どんな不思議な出来事も、その意味を説明はされて来なかったような気がする。村上作品においては、多くのことが特段の説明が与えられないままに進んでゆくように思える。それが村上春樹という作家の特徴であるのかもしれない。それでいて村上作品には不思議な迷路にも似た魅力がある。読み慣れた方にとっては、それらのことは、説明がなくても特に不都合ではないように感じられる。もちろんぼくにとっても。

 さて、村上作品においてもうひとつ不思議かつ素敵なのは、読み易さ(Readability)だと思う。どの作品でもそうなのだが、その点はいつもながら抜群である。本書は他の作品に比べ、静けさに満ちた動きの少ない作品であるにも関わらず、とにかく読み進む。650ページ弱の長大な作品、かつ静かで動きの少ない物語であるにも関わらず。村上春樹入門者にも、村上作品は全部読むという熱烈読者にも自信をもって推奨したい(後者には不要だろうけれども)そういった作品なのである。

 村上春樹はこの後も作品を書き続けるのだろう。しかし年齢から言って、このような大作をこの後、何作書いてくれるのか微妙なところだと思う。そんな想いを込めて大切に読んだつもりの一作であった。唯一無二の個性ある作品がまたひとつこの世に出現した。そんな印象とともに本を閉じた次第である。

(2023.05.07)
最終更新:2023年05月07日 10:13