ララバイ




題名:インヴェンション・オブ・サウンド
原題:The Invention Of Sound (2020)
著者:チャック・パラニューク Chuck Palahniuk
訳者:池田真紀子
発行:早川書房 2023.1.25 初版
価格:¥2,200


 チャック・パラニューク。この名前に反応してしまう。嘘だろ? と思う。あれからこの作家はどこで何をしていたのか? 何故、忘れた頃、今になってまた目の前に登場? 

 ぼくとしては現代における最も濃厚なこのノワール作家の日本語版翻訳は、なんと18年ぶりだと言う。本書では17年前に行方不明になった娘を探し続ける父親が出てくる。それよりもパラニューク自身が18年前に行方不明だったではないか。

 なのでまずは18年前の自分を探しにゆく。あった。『ララバイ』のレビューが。読んでみると、驚いたことに本作『インヴェンション・オブ・サウンド』にそのまま適応できるレビューではないか。

 「ある意味、作品をまたぐ共通項は存在する。現在の時制にこだわった悪夢的なリフレイン文章の挿入。豊富なイメージのコレクション。雑学の広がりと深まり。最初に衝撃と謎を置いてスタートする、スピーディでテンポのよい構成。伏線、また伏線、一見収集のつきそうにないストーリー展開を、最後に手際よく纏め、そして心を引っ掴んでゆく得体の知れない何か。」

 「これはノワールである。類稀な破壊衝動と暴力とに満ち溢れた、世界最悪の物語だ。それでいてスタイリッシュ。綺麗でお洒落な作りであるところは、これまでと全然変わらない。しかしそれでも、負の迫力だけはやたらに強い。」

 「だからこそ主人公の葛藤がある。だからこそ、戦いへの決意があり、必死がある。だからこそ、徒労がある。再生がある。愛がある。慈しみがある。世界は暴力に満ちていて、突然の死に満ちている。」

 すべては本書にも言えること。パラニュークのすべての作品に言えること。

 さて本書は、映画の音声を作り出す音響効果技師の女性ミッツィと、さらわれた娘を探しにダークウェブや少女売買の世界を彷徨う父親フォスターの二人の描写を交互に、それもとても頻繁に交互に視点を変えて描いてゆく物語だ。ミッツィは、音響効果の中でも悲鳴の専門家である。音を収集し増幅し、効果的に作り出す職業。一方、フォスターは、女優ブラッシュ・ジェントリーの手を借りて娘を探索する。映画やドラマという世界で二人の人生は交錯するのだろう。しかし、それは未だ先の話だ。二人の奇妙な行動を謎めいた暴力的な描写で表現しながら、パラニュークは物語ってゆく。

 特別な人しか出演しないドラマ。平凡な人は登場しない小説。異常な闇のストリートを、個性の塊のような男たちと女たちが、喘ぐように彷徨する。物語の力をフルに起用して、彼らの航路は行き違い、波濤は創り破壊する。引き込まれるようにしてパラニュークのあまりに独自なイメージ世界を歩いてゆく独自で奇妙な読書体験。感覚でしか読めないかもしれない作品群。

 18年ぶりの復活の狼煙が上がった。『ファイトクラブ』という破壊力のある映画で勇名を馳せた作家の復活の狼煙が。

(2023.02.26)
最終更新:2023年02月26日 17:12