テロリストとは呼ばせない




題名:テロリストとは呼ばせない
原題:Homegrown Hero (2018)
作者:クラム・ラーマン Khurrum Rahman
訳者:能田優訳
発行:ハーパーBOOKS 2022.11.20 初版
価格:¥1,430


 ジェイ・カシーム三部作の二作目ということである。前作のラストは異様であった。本作はそれを継いで始まる。ぼくは前作で、町の移民である若者ジェイが悪を倒すために国家的組織に利用される構図を、『傷だらけの天使』のヒーロー修とアキラの兄弟に例えてしまったのだが、それは本作でもあまり変わぬ印象のまま。

 『傷だらけの天使』という稀代のTVドラマをかつて青春真っただ中で体感したぼくには、木暮修たちは純情なコアの部分を持ちながら青春を精いっぱい生きる若者たちであるにも関わらず、東京という大都市に蠢く大人たちの欲望や駆け引きに否応なく利用されてしまう悲しき天使たちとして描かれていた。等身大のヒーローならまだしも、社会の底辺で、教育もなければ立派な家庭もなく、到底平均生活レベルに達していない純情な青年たちであるように見えた。

 さて本作だが、イギリスに移民として暮らすイスラム社会の若者たちと対照的に、イスラム移民たちを極度に差別してテロに走る歪んだ白人青年たちの世界をも同時並行的に描くことで、より二極化した対立構造が浮き彫りになっているところが特徴である。しかも若い世代間でのストレスの捌け口としての人種差別が、誤ったヒーローイメージを作り出し、人種が異なるということだけで嘲りや暴力の対象としてしまう。この辺りから物語は、平和な国ニッポンの『傷だらけの天使』の世界をぐっと離れて、よりきな臭く、根深く見えてきた国際問題・人種問題を孕む現代的対立構造へと傾斜してゆく危険な風景として見えてくる。

 乾いた暴力の残酷さを露にする子供たち。彼らを操る冷血な大人たち。彼らのふるう暴力によって犠牲となる無垢な異人種の子供たちの運命をも過酷なまでに描いら印象的な悲劇として本書の前段の中心に持って行く。平均的日本人が知るイギリスとは全く異なる闇の部分をぼくらは読まされることになる。ずんと来る衝撃のような感覚。

 本書では、二つの一人称が並行する。「おれ」で描かれるジェイに加え、「わたし」で描かれる複雑な二重生活の青年イムラン。さらに白人のテロ組織に勧誘されかかっている少年ダニエルが三人称で登場。それぞれの章は、最初は独立して描かれてゆくのだが、彼ら三人の運命は、血と憎悪とヘイトと暴力によって徐々に物語の核となる場所へと手繰り寄せられてゆく。

 トライアングル構造のこの三人主人公で物語を進めることにより、本書は前作よりもさらに奥行きのある立体構造を持つ。イギリスという国における宗教や人種の問題の複雑さ、またそこに住む者たちの分断や苦しみを日常レベルで表現しているように思う。一方の側からだけではない三つの視点を経験しつつ、またもクライマックスの新たな大規模テロ事件へと本書は疾走し続ける。

 前回とは異なるスリルと厚みを持った二作目の本書。暴力の風が吹き荒れる国で懊悩する青春群像と、そこに蠢く魑魅魍魎のような仕掛け人たちの冷たい暴力装置に目を向けつつ、自分が自分であることに拘る主人公・ジェイたちの、独自としか言えない青春冒険小説が再び発火する。緊迫感が増し増しの第二作となった本作。注目あれ!

(2022.12.21)
最終更新:2022年12月21日 16:01