フルスロットル トラブル・イン・マインド I




題名:フルスロットル トラブル・イン・マインド I
原題:Touble In Mind (2014)
著者:ジェフリー・ディーヴァー Jeffery Deaver
訳者:池田真紀子
発行:文藝春秋 2022.4.10 初版
価格:¥1,200


 コルター・ショウ三部作を終えたと思いきや、そちらのシリーズはさらに続編があるというニュースもあるし、リンカーン・ライムの新作も間もなく出るという中で、春先には短編集を二分冊で出していたので、ディーヴァーのワーカホリックぶりはどれだけ凄いのか、とびっくりさせられるのだが、これは2014年の短編集なので、凄いのはディーヴァーだけではなく、むしろ続々日本の読者に彼の作品を届けてくれる翻訳の池田真紀子さんなのだ。

 感謝の気持ちを抱きながら作品集に取りかかる。個人的にはこの5月、ちょっとした入院をきっかけにディーヴァーの積読本を沢山読んだのだが、そこでも一応シリーズ全読の終わったキャサリン・ダンスの短編作品『フルスロットル』で本書は幕を開ける。人間嘘発見機のキャサリンだが、今回は箸にも棒にもかからぬ無表情の犯人取り調べの模様が冴える。タイムリミット型スリラーなのだが、苦慮するキャサリンに読者も先が読めないのだが、ツイストの回収力はさすがである。早速ディーヴァーだなあとの苦笑を胸に作品を進める。

 アメリカ人としては珍しくサッカーに目がないエディー・カルーソと、ライム・シリーズお馴染みの刑事ロン・セリットーのコンビネーションが、練りに練られた二転三転の事件を暴く『ゲーム』。

 出演者たちが自費でポーカーをやるライブTVの試みとその経緯を描く『バンプ』は、アメリカでは賭博の法律がどうなっているんだろうと気になりながらも思いがけぬ展開を見せてゆくツイストと、ラストの大転換にやられた一作。

 リンカーン・ライム短編は、『教科書通りの犯罪』。警察アカデミーの生徒マルコとこのタイトルの関係が気になりつつ、サックスとマルコによる奇妙な現場の鑑識活動が始まる。証拠だらけの現場。教科書に出てくるような証拠がまるまる一セット。もちろん読み終わる頃にはすっかり騙されてしまった読者がいるというエンディングが楽しい。

 この作品集中の白眉が、何と言ってもあまりに久々なジョン・ペラム・シリーズの短編作『パラダイス』だろう。コルター・ショウの前身と呼ばれるペラムは映画のロケ・ハンターで、いわゆる旅をしながら事件に巻き込まれてしまう探偵である。いきなりのアクション・シーンから、怪しい男女たちの集まる片田舎の村。短い時間の間に様々な人物の疑いと闘いと殺人。楽しい一冊だった。長編でも復帰してほしいところだが、ディーヴァーの未来作は、コルター・ショウに引き継がれてしまったかな。

 ラストは北京オリンピックを舞台に国際間のスポーツとそうでないところの競争?も描いた小品『三十秒』。

 ほとんどの作品が70~100ページ弱で短編集というよりは中短編集と言える作品集だが、二分冊なので一冊にまとめたつもりで連続的に読んでゆくと良いかと思う。

 ちなみに作者のまえがきは一冊目にしか載っていないが、これがなかなか味のある意味深げである。まるでマジシャンの記述前のトークのようだ。ディーヴァーの前置きにうずきながら、騙されるものかとページを繰る歓びにひたれる時間は、ぼくにはけっこう幸せなひとときなのである。

(2022.10.10)
最終更新:2022年10月10日 13:41