潔白の法則 リンカーン弁護士





題名:潔白の法則 リンカーン弁護士 上/下
原題:The Low Of Innocence (2020)
著者:マイケル・コナリー Michael Connelly
訳者:古沢嘉通
発行:講談社文庫 2022.7.15 初版
価格:各¥900

  法廷で有罪かそうでないかは証明されるけれども、無罪であることの証明はされない。有罪ではない無罪(=潔白)を証明することに法廷では使われない。タイトルの意味はそういうことだそうである。

 本書はおそらくリンカーン弁護士のシリーズ中ベストの作品となるだろう。ベストでなくても最も印象深い作品であることは間違いない。Most Impressive Work!

 ぼくは昼間にこの作品を読み、夜にはNetflixで日本語字幕版ドラマ『リンカーン弁護士』のシーズン1(原作では『真鍮の評決』に当たる)を観ていた。この前にはAmazon Primeで『ボッシュ: 受け継がれるもの』を観ていたから、コナリー漬けの幸せに浴していたことになる。どちらもコナリー自身が製作に関わっていることもドラマのテロップから確認できる。

 いずれにせよ困ったことにぼくの中ではずっとリンカーン弁護士のミッキー・ハラーを演じるのは、これまでずっとマシュー・マコノヒーだったので、今回のドラマ・シリーズでマヌエル・ガルシア=ルルフォとかなりイメージが変化したことに最初は混乱した。しかしドラマも観続けると不思議なことに、後者の俳優の顔がイメージとなりそのまま現在の小説作品にもその顔でイメージされるようになってしまった。申し訳ないけれども、マコノヒーよ、さようなら。

 さて本書『潔白の法則』の凄さである。運転中のミッキー・ハラーがパトロール警官に突然停止を命じられ、ナンバープレートが付いていないことを指摘される。ミッキーが不思議がっているうちにトランクから血が滴り始める。ホールドアップを命じられるミッキーの車からはごろりと死体が。

 次のシーンは数か月後、既に収監され容疑者となり何か月か経過したミッキーの境遇。彼の裁判がスタートする。いよいよ本書の主要ストーリーが展開されるのだ。

 ミッキーの弁護士は彼自身。容疑者である自分を弁護する。怪しさといかがわしさに満ち溢れる検察側チームに対し、こちらは並み居る仲間(過去妻たち、調査員シスコ、さらに腹違いの兄弟であるボッシュ)たちがミッキーのサイドに加わり、心強い限り。

 しかしこの裁判を逆転に持ち込み、真実の究明を完遂するのは相当に難しい。無実であることがわかっている主人公の一人称文体で進む法廷劇。その裏側の駆け引き。何が真実なのかは、最初はとても遠く感じられる。しかしチームの必死の活躍により、徐々に真実が手繰り寄せられる感覚は、本書を読書することにより得られる最大の醍醐味である。

 シリーズ最大のピンチだからこそ、得られるミッキーと彼の仲間たち、個人的な女性関係、娘との親子関係等々、プライベートな変化も含めて楽しめるファミリー・ゲームでもある。そして巨悪との命がけのやりとりである。中でも休廷期間に収監を余儀なくされるミッキーに迫る拘置所内の恐怖などは、なかなかシリーズでも味わえない感覚である。

 手に汗握る展開といつもながらの法廷逆転ドラマとが融合する近年稀に見る傑作である。コナリーはどのシリーズもハイレベルを維持して疾走する作家だ。つくづくそう感じる。驚愕と尊敬の念を込め、この作家を一作残らず今後も追い続けようと思う。

(2022.08.03)
最終更新:2022年08月03日 17:56