流転 越境捜査




題名:流転 越境捜査
作者:笹本稜平
発行:双葉社 2022.4.24 初版
価格:¥1,850



 『越境捜査』のレビューを書いたのは2008年。それから早や14年が経っている。シリーズを読み続けることなく、いつしか笹本作品から離れてしまっていたのだが、昨年作者が亡くなってしまったと聴き、かつてデビューから追っていた笹本稜平という作家の、これが最後の作品か、と無沙汰を心で詫びながら読ませて頂いた。

 変わらないなあ、との想いに頬が緩む。とにかく書き方が丁寧なのである。石を積み上げてケルンを作るかのようだ。丁寧にそこに合う石を置いてゆく、武骨ささえ感じさせるほどの生真面目で力を抜かぬ作風は、やっぱり本書でも変わっていなかった。

 ぼくは山岳会上がりなので、若い頃は山の本ばかり読んでいた。その後も影響があってか、冒険小説が好きになり、スケールの大きな作風の笹本稜平に出くわしたときは、日本作家なのにこの人のスケールは凄い、と思って感心頻りだった。その後、冒険小説風味から警察小説へと作風が徐々に変わってきた段階で、ぼくも味のある表現などのハードボイルド系作品が主となってゆき、この生真面目で固い作風から離れてしまっていた。

 こんなに間を空けて、しかもシリーズの途中を飛ばし、最新の作品を丁寧に読ませて頂いて、やはり変わらぬ武骨で丁寧な作風と描写の繊細さに触れて、ああ、変わっていないなあと、これを書いた作家が今はもういないのだと寂寥感とともに感じてしまう。

 越境捜査シリーズは、その後単発TVドラマとして三作ほど上映され、主役の鷺沼を柴田恭兵、やくざな半端刑事・宮野を寺島勉が演じているそうであるがサスペンス系のファンである妻が最近でも観ていた記憶はあるのに自分はとんと無沙汰している次第。

 寺島勉の宮野は、読書中も頭の中でぴったりはまってしまい、ああ、彼はいい俳優なんだなと改めて感じたり、楽しく想像を羽ばたかせてもらった。真面目な作風にしては、宮野のキャラは異色で、本シリーズにユーモア・ミステリーの彩りを加えているほどだ。

 本書では、12年前の血腥い一家斬殺事件を軸に、当時既に死刑が確定している外国人実行犯の二人、海外に逃走した日本人教唆犯一人という半分未解決事件が扱われる。警視庁や所轄などとは別動となる特捜チーム、と言えば聞こえは良いが、寄せ集め班であり、司法制度に変わって経済的制裁をと目論む汚い部分も含む。現代版必殺仕事人のような面も窺われるが、その仕掛けで9作まで書いてきた本作品群は、作家にとってはかけがえのない当たりシリーズと言っていいだろう。

 はぐれ者刑事たちによる捜査シリーズ、その最終話にも関わらず、はぐれ切らない正義感、という辺りがまどろっこしいくらい堅物なのだが、プロットはやはりいつも通り練りに練られた傑作であった。やはり王道をゆく笹本らしく、武骨で生真面目で優しい作風である。そんな不変の一作を、今さらながら、大事に抱きしめるように読ませて頂きました。合掌。

(2022.7.16)
最終更新:2022年07月16日 16:57