三日間の隔絶





題名:三日間の隔絶 上/下
原題:Jamåhonleva (2019)
著者:アンデシュ・ルースルンド Anders Roslund
訳者:井上舞・下倉亮一
発行:ハーパーBOOKS 2022.05.25 初版
価格:各¥1,400

 グレーンス警部と潜入捜査員ピートとのW主人公シリーズは当初三部作のはずだった、と思う。三秒間、三分間、三時間で終了するはずだったこのシリーズは、さらに三日間、三年間と続くようで、今回は四作目の「三日間」の物語だ。何はともあれ、作者も多くの読者同様、このダブル主人公シリーズを終えるに忍びない状況となっているに違いない。

 迷惑なのは、長年潜入捜査を強いられているピート・ホフマンとその家族だろう。これまでいくつもの死地を潜り抜け、その都度、肉体的・精神的な負担を異常にかけられてきたピートと、そのとばっちりを受けっぱなしの家族に、いい加減平和と幸福をもたらしてほしい気持ちは読者心理の中でも上昇を続けんばかりなのである。

 しかし、やはり飛びついてしまう。やはり続編が有難いのだ。ホフマン家には申し訳ないが、またしても息を飲むようなピンチとそこからの脱出を試みて頂きたいのだ。本当に申し訳ないことなのだが。

 それはそれとしてグレーンス警部はそもそもが単独シリーズ主人公でもある。この極めて個性的で癖のある、全然格好良くない上、私邸にも帰らず警察署の私室で寝泊まりしているというワーカホリック。頑固で変化を拒まず、年下の上司にも扱いづらく思われている我らがヒーロー。そのグレーンス警部も定年退職まで残すところ一年を切っている状況。

 さらに今回の事件はグレーンス警部の心に巣食っている未解決事件の一つに端を発する。17年前、4人の家族が銃殺され、5歳の誕生日を迎えたばかりの少女が死体の遺された部屋で三日間取り残されていた。異常かつ過酷すぎる事件である。当初、ぼくはこの過去の三日間が、タイトルのそれなのかと思っていたが、タイトルの三日間はしっかりと現在のホフマンに対し約束通り与えられることになるのでご安心を。分刻みの時計がネジを巻かれる例の場面はこのシリーズの最大の楽しみである。それでも少女の三日間にも何らかの意味があるかどうか。それはそれで読んでみてのお楽しみ。

 犯罪組織の標的となった者たち。彼らが守られる、あるいは彼ら自身で自分たちを守る手段とは、一体何なのだろう。潜入捜査官であるピートは、職務の都度、別の人間になり替わって、犯罪組織の壊滅に貢献してきた人間である。絶対にその正体を知られてはいけない存在。

 本書では犯罪者側にピート・ホフマンの正体と家族の情報が漏洩してしまう。家族を隠そうと翻弄するピートばかりか家族情報までが、まるで彼らを翻弄するかのように洩れてゆく。これまでになかった絶体絶命の危機を招いている原因は何なのだろうか? 警察機関内部の敵を疑わざるを得ないという、これ以上ない緊迫した状況のなかで本書は進行する。絶え間ない緊張と、その重圧。

 グレーンスの過去の事件の上に、ホフマン一家が現在捉えられている危機とがどう交錯するのかわからないまま、物語はそれぞれに二つの重戦車の如く進んでゆき、思いがけぬラストに繋がる。いつものストーリーテリングが何よりも素晴らしく、その語り口が凝りに凝った仕掛けを支え続けている。タイムリミット型エンターテインメントであると同時に、17年前の家族惨殺事件の意味も明らかになってゆくだろう。

 しかし、どのように?

 この終始クリフハンガー的状況を、けれん味たっぷりに描く唯一無二の語り口。是非とも手に取って味わって頂きたいと思う。

(2022.6.24)
最終更新:2022年06月24日 18:59