バーニング・ワイヤー




題名:バーニング・ワイヤー
原題:The Burning Wire (2010)
著者:ジェフリー・ディーヴァー Jeffery Deaver
訳者:池田真紀子
発行:文藝春秋 2012.10.15 初版
価格:¥2,400


 とにかくハードカバーの新刊は高いので、と手を出すことを止めてしまって以来、早や12年が経ってしまった。初期の頃のリンカーン・ライム・シリーズは驚愕の面白さで読者に常に驚きを与えてくれていたが、いつの日にかパターン化して新鮮さが消えてゆく。

 本書は、そんなぼくにとってあまりに久しぶりのライムのシリーズである。10年前に発刊された本書から、シリーズ読書を再開すべきか否かのリトマス試験紙にもしてみたい。

 本書序盤は、電気を使った殺人、電気への復讐、と、電気がとにかく本書のテーマ、と、電気、電気、電気のオンパレードである。それが派手過ぎて、読み始めたことを早くも後悔し始める自分がいる。正直、八割方、新手のアイディアに飛びついたのであろう作家ディーヴァーのほくそ笑む表情が透けて見えるようでとっつきにくいものがあった。

 しかし、しかし、物語が終盤を迎えるところで、これまでとは確実に異なる気配が漂い始める。いつもの好敵手的犯罪者の正体にストーリーが及んでみると、この物語は見た目とは全然異なる表情を浮かべ始めるのだ。うわあ、やられた! そうだった、この作家はこの、ツイストを命とする作家だったのだ。

 終盤の二転三転するツイストまたツイスト。その中で徐々に物語の真相が姿を見せてゆくことで、前半の耐え難き電気攻撃は、ここに来て許せる気になってしまう。そう、また、やられたのだ。騙された。この作家に。嬉しい悔しさ、である。

 ライムを初めとして、あまりに多くの登場人物が関わってくることにも最初は戸惑いを感じさせられる。他シリーズの主要キャラクターも参加してくるし、主要舞台であるニューヨークの他、本シリーズで二度もライムの手を逃れている好敵手Xをメキシコで捕縛する作戦も気になる。やはりシリーズならではの面白さがあるとともに、12年前までの本シリーズの騙しの手際がじわじわと蘇ってきたのである。

 ディーヴァーの作品は常々おもちゃ箱みたいだ、と感じていたのだが、本書も例外ではなかった。ただ、他愛のないおもちゃ箱で済まない、ライムの人生を左右する心身状況、キャラクター間の人間関係の多様さ、等々、生活面の様々な喜怒哀楽と、それぞれの人物の個性が徐々に際立ってきて、ラストシーンを、それぞれのキャラクターの物語でも見事に切り上げてくれる辺りは見事としか言いようがない。

 やはりディーヴァーは語りの名手、マジシャンなのだ、と再認識させられてしまった。はい、そう。今回もまた、完敗です。

(2022.4.30)
最終更新:2022年04月30日 23:04