逆転のアリバイ 刑事花房京子




題名:逆転のアリバイ 刑事花房京子
作者:香納諒一
発行:光文社 2022.04.30 初版
価格:¥1,700



 『刑事コロンボ』ファン必読の花房京子シリーズ、2018年6月以来の第二作が登場。倒叙ミステリーの代表とも言われるコロンボですが、これを日本に置き換えての作風で綴るのが、まさかの香納諒一とは驚くけれど、かといってハードボイルドや警察小説の名手が、突然本格に目覚めたということでもなく、コロンボの風味にチャレンジしながらも、香納諒一のオリジナル作風はきちんと残されていて、香納ファンをやっぱり裏切らないのが素敵だ。

 この作者は若手の頃から地理をよく調べて書く作家だと思っていた。小説の舞台となる土地について、現代の都会であれローカルな田舎街であれ、しっかりその土地の陽と陰、風の匂いなどが感じられてとても好感を懐いた記憶がある。マーローやハメットなどハードボイルド作家が大切にきた街の描写がしっかり継承されているように思うのだ。この日本に。

 本作では田園調布界隈と三浦半島の二か所が事件の舞台なので、ぼくとしてはさほど詳しくない場所なのだが、他の作品でぼくの心当たりの土地を舞台にしているときはかなりリアルな描写をされていて感心したものだ。本作でも生き物のように、あるいは凶器や仕掛けのように土地の具体的な高低、建物周辺の道路までが材料として使われる。

 無論倒叙型ミステリーなので、コロンボのTVシリーズと同じく完全犯罪を目指す容疑者側と、あらゆる現場・人間行動の矛盾に鼻の利く特殊な刑事との対決構図は楽しい。しかし、そこに物欲と情欲、人生とそれを取り巻く経済環境、生活環境などの条件が重なって、時間的リアリティと空間的奥行きを幾重にも備えた犯罪トリックとそれを暴く名探偵=花房京子の駆け引きが息を抜く間もなく連ねられる。

 ぼくが思うにコロンボ以上と思える犯罪の意外な罠を、本作ではタイトル通りアリバイというところに持って行くクロージングがまた味わい深く、そこに本格推理ミステリーの面白さというだけではなく、人間の愚かさや葛藤を練り込んで描く辺りが、やはりトリックよりも人間重視で貫いてきた香納諒一ならではのビターテイストが利いている辺りが、実に憎い。

 TVのコロンボよりも一層大人の、そして身近な日本の土地に材を取った本作の魅力と、巻置く能わずの面白さを是非とも味わって頂きたい。

(2022.04.20)
最終更新:2022年04月20日 16:58