追いつめられた天使




題名:追いつめられた天使
原題:Stalking The Angel (1989)
作者:ロバート・クレイス Robert Crais
訳者:田村義進
発行:新潮文庫 1992.2.25 初版
価格:¥480


 翻訳ミステリだけに絞っている読書生活であるにせよ、続々出る新刊に追いかけられる強迫観念は決して消えない。かつて、よまずに積ん読本を老後の楽しみとか言っていたが、今は十分老後みたいなものではないか。なのに積読が増えるのも辛い。新刊を読み逃すのも辛い。老後の楽しみなんて、話が違う。

 それでも新刊の合間に古本を読まねば積読本が消化できないのである。えてして積読本は兼ねてより期するところがある作品が多い。いつかは読む。死ぬまでには読む。でもこのままだと、という延々と新刊ラッシュに追いかけられる生活に反省を感じ、時には古本を引っ張り出すことをそろそろ習慣としたい。

 そこで完全に信頼の置ける作家ロバート・クレイス。新刊の新人作家は読むまでわからぬが、名手の作品は最初から面白いこと、読んで損のないことがわかっている。そして読み始めるやその考えに間違いがなかったことが証明され、思わずにんまりしてしまう自分に気づく。

 本書は、『ロスの探偵エルヴィス・コール』なんて副題が付けられたシリーズ第二作。四半世紀に渡り書き継がれたシリーズだが、便利なことに主人公も、脇役も、ネコも歳をとらないのがこのシリーズの良いところ。壁かけのピノキオ時計も無論のこと。

 そして、放り出されたような体言止めの文体が日本語にしてもリズムよく、唸らされるエルヴィスの独白文体は、まさにハードボイルド小説、探偵小説の王道そのものである。

 この信頼性。文章の心地よさ。言葉による表現力の広がり。主人公エルヴィス・コールと相棒ジョー・パイクの不変と安定。闘えるのに心優しい。弱い者には特に優しい。

 本作でも守るべき少女、唾棄すべき大人たちがいて、コールは調査料以上に気持ちの問題で、騎士道精神と言うやつの出番を迎え、悪い奴らを追いつめようとする。だが、話は単純ではなく、救おうとすると自分も傷つく。このセンシティヴな感覚が、エルヴィス・コールのシリーズには必ず潜んでいて、読者は唸らされるのだ。さすが古本。さすがハードボイルドの王道。

 信頼できる読書。信頼できる登場人物。期待通りの行動と展開。それでいて足を掬われるエンディングとアイロニーと何だか残る寂しさ。

 本書はシリーズ初作である前作『モンキーズ・レインコート』に続き、作者の日本と日本文化への拘りを思わせる内容である。モンキーズレインコートは芭蕉の句から「猿の小蓑」をタイトル化したものだったが、本書は古文書『葉隠れ』をトレジャーとした宝探しの物語でもある。日本のやくざも大勢絡んできて、日本人読者にはとりわけ嬉しい一編。

 たまには古文書、ではなくて古本を紐解くのもいいものですよ。

(2022.3.20)
最終更新:2022年03月20日 17:06