魔の山




題名:魔の山
原題:The Goodbye Man (2020)
著者:ジェフリー・ディーヴァー Jeffery Deaver
訳者:池田真紀子
発行:文藝春秋 2021.9.25 初版
価格:¥2,500


 失踪人追跡。珍しい職業だが、それこそが本シリーズの主人公コルター・ショウの個性を引き立たせている。本書は三部作の第二作。前作ではゲーム業界を舞台にし、終章で本作への序章を奏でておくという趣向を凝らしていた。連作ものであるがために、三部作を終えないと明らかにならない主人公の真実。あくまで余韻を残し、作品間の連続性を重視している。

 さて本作は、カルト教団に潜入する物語なので、全巻、実にスリリングなシーンの連続となる。町で起こった不可解な事件については、前作終盤に予告編のように語られている。その事件からの不可解な若い二人の逃走者たちと、コルターの追跡。想像を絶する不可解な決着。これはコルターの中ではとても納得できることではなく、彼はこの事件の裏側にある謎のカルト教団の存在に狙いを定め、教団の研修施設への潜入を決意する。

 カルト教団の巣食う山岳の麓。警察隊も買収された敵陣の一角。極めて危険な四面楚歌の「魔の山」へと向かうコルターの、孤立無援の闘いが全編に渡って繰り広げられる本書は、実にスリリングでアクロバティックな力作であった。

 とは言え、カルト教団の内情については、意外性はあるものの、その実現可能性については少し疑わしい。しかし、昨年読んだ帚木蓬生『沙琳 偽りの王国』は、現実に起きた悪夢であり、教団の中での死者・行方不明者の数が定かではない事実、一人の教祖が権力を握っていた事実等々を踏まえると、本書の疑わしいくらいの精神的暴力性などは、決して非現実とは言い切れないところがあり、その闇は多分に深い。

 コルター・ショー。リンカーン・ライムともキャサリン・ダンスとも異なるアクティブで戦えるキャラクター。特殊なサバイバル技術も経験も備えたこの新しいプロフェッショナルなキャラクターの過去については、まだまだ謎に満ちている。前作から触れられる父親の謎の死。謎の失踪を遂げている兄ラッセルとの関係などなど、とりわけショーの家族の物語は第三作で明らかになるようである。

 一つ所にとどまらない旅する主人公として、寅さんのように長く活躍して頂いてもよいように思える。TVドラマ化も決まっているらしいし、ショー家の秘密が明らかになった暁には、続編登場の可能性も有り得るかもしれない。

 ともあれ、第三作でのショーの三たびの活躍を首を長くして待ちたいと思う。

(2022.3.8)
最終更新:2022年03月14日 13:10