ネヴァー・ゲーム




題名:ネヴァー・ゲーム
原題:The Never Game (2019)
著者:ジェフリー・ディーヴァー Jeffery Deaver
訳者:池田真紀子
発行:文藝春秋 2020.9.25 初版
価格:¥2,500


 リンカーン・ライム・シリーズの幕開けとなる『ボーン・コレクター』は、思えばズキュンと胸を撃つ類いの作品であった。捜査官ライムの身体的設定にせよ、ただものではない悪党にせよ、絶妙なストーリーテリングにせよ!

 実はライム・シリーズの前から、ディーヴァー作品には、ぼくは少なからずこだわっていた。『眠れぬイヴのために』『静寂の叫び』など単発作品の強い印象である。そこに来てこの『ボーン・コレクター』。ディーヴァー作品は、どれもスリリングで先が読めない。出版された途端にすぐに手に取り読んでゆく時代が僕の中で続く。翻訳されたものはどんどん読んだ。初期作品であるジョン・ペラム・シリーズなどは、ディーヴァー作品としては地味で、粗削りながら、好感の持てるローカル探偵シリーズとして、映画のロケーション・ハンターという商売が羨ましく思ったものだ。

 どうしていつの頃からかディーヴァー作品から自分が背を向けてしまったのか、きっかけも理由も思い出せない。ライム・シリーズもキャサリン・ダンス・シリーズも好きだったはずなのだが、徐々に飽きて来てしまった、というのがきっと本当のところなのだろう。なので昨年『オクトーバー・リスト』で、ストーリーを逆行させるトリッキーな作品に再会し、相変わらずディーヴァーだなあと、苦笑しつつ楽しまされてしまった自分に、改めて驚いたものである。そこで旧ライム・シリーズを数作Amazonで注文。基本的に新作読みのぼくの、本の途切れ目にでも読もうかなあと。そんな意識で。

 しかしその矢先である昨秋、『魔の山』が登場。しかしこれはシリーズ第二作である。先行する本書『ネヴァー・ゲーム』と、結構シームレスな続編であることを知ったことが、今回の本作読書のきっかけとなった。

 正直、白黒判じ難い作品なのである。主人公は、失踪人探しを生業とする、私立探偵とは少し異なる、ひとひねりした職業の変わり者コルター・ショウ。バウンティ・ハンターとも異なる。法的に逃げている状態の犯罪者を捕まえてくる商売ではなく、あくまで一般の依頼を受けての失踪人探しである。賞金ではなく、報酬。公務ではなく民間。

 個性的なのはそれだけではない。その道のプロとして十分な変人であるところだ。謎の家族編成。生い立ち。失踪した兄のこと。伝説化した父から伝えられたサバイバル技術。冒険趣味としてのロック・クライミングやオフロードバイク。ほぼ移動生活のためキャンピングカー住まい。生活信条としての確率論。生きるための。自然や野生や人間行動に対する次の手を選択するための分析脳。とにかく、これは冒険小説の一端であり、なおかつハードボイルド的要素でもある。

 但し、違和感と言うべきか、このアナログでワイルドな主人公が、本書で行方不明となる少女を探す地平は、大自然ではなくネットゲームの電子的空間なのだ。シリコンバレーに展開する捜査ゲーム。まさしく現代の小説なのだ。

 ちなみに本書は三部構成である。それぞれ異なる行方不明者を同時多発的に追わねばならない我らがショウは、複数事件を扱うゆえに、事件捜査の順番を決める。それらの事件が連なることで、連作短編小説集的構成となっている。その構成にすら一筋縄ではゆかぬ工夫が凝らされ、それぞれの主要な事件現場の手書き地図なども添えられるところが楽しく感じられる。エンタメ王。

 ゲームの世界は、ぼくは苦手な領域なので、その世界に深入りするシーンは退屈させられるところも正直あるが、現実世界に繋がるネット盗賊的企業の存在にはぞぞぞと怖さを感じさせられる。概ね一気読みに近いページターナー本であるのは、ショウを取り巻く状況変化の多さだろう。多くの魅力的な人物、怪しげな男、意味深な女などなど、登場するキャラクターがネットゲームのように次々とショウの捜査眼に引っかかっては関わりを持って行く。デジタルとアナログを交差させる妙な奥行き感。

 知的楽しみとワイルドな主人公の今後への期待。連続する事件群の本書はごく一部の地平を切り取った一作なのだろうが、家族の過去へのミステリアスな暗示なども効いていて、本作のみならず続く作品群も含めてショウをめぐる一大長編小説のようにも見える。なので、次の作品への食指が伸びる。その種の媚薬的要素はこの作品にふんだんにあるということだけはお伝えしておきたい。聞くところによるとコルター・ショウ・シリーズは三部作であるようだ。

(2022.2.22) ←(蛇足)デジタルなイメージのこんな数字の並びの日に本作の感想を上げたかったのでちと嬉しい。
最終更新:2022年02月22日 17:10