幕末・維新 シリーズ日本近現代史 1



題名:幕末・維新 シリーズ日本近現代史①
著者:井上勝生
発行:岩波新書 2006/11/21 初版 2006/12/20 5刷
価格:¥780




 自分のすぐ近くにある物語との出会いは、嬉しく、また有難い。これをお貸し頂いたのは仕事の古く永い先輩であると共に、ぼくの中に北海道愛を最初にインジェクトしてくれた方である。本書の作家・浮穴みみも千葉大仏文科卒だが北海道生まれの作家である。本書は北海開拓に纏わる人たちを絡めた美しくも逞しい短編集である。

 『楡の墓』タイトルにもなっている最初の短編は、札幌市に堀を引いた初期開拓の責任者である大友亀次郎。札幌市東区に彼を記念する郷土資料館があり、それを偶然にも先月だったかぼくは訪れている。また大友がトウベツの開拓に関わろうとした経緯など実に興味深い。

 『雪女郎』続いて北海道神宮にゆくとガイドさんが必ず紹介する大きな銅像で印象的な島義武の開拓と挫折。途中で行き会うブリキストンは、津軽海峡を挟み本州と蝦夷の生息動物が異なると唱え、ブリキストン・ラインという名で有名になった学者である。同作者の他の短編作品でも描かれているということなので、楽しみにしておく。

 『貸女房始末』は、唯一書き下ろしではなく過去雑誌掲載作品。『小説推理』に掲載されたとあるが、いずれも推理小説というより、人情と歴史を絡めた骨太の歴史小説作家という風に読める。札幌居住地の焼き払いと再建を描いたものとして印象深い。

 『湯壺にて』は、まだ山の中の秘湯であった定山渓温泉の湯壺を舞台にした、開拓吏・松本十郎にまつわる物語。

 『七月のトリリウム』は、船の中、札幌農学校で教えのために渡ろうとしているクラーク博士の逸話を、美しい文学性とともに描く。

 いずれも、自分の住んでいる、あるいは住んでいた場所、ゆかりの地。それらは本書の舞台というより、むしろ土地が人以上の主人公なのではないかと思われるほど、蝦夷地とその開拓にちなんだ物語である。北海道を愛する人にとっては、心のメモリーとなりそうな重要な作品であった。

 明治維新による移民政策、北海道開拓、アイヌ民族などの歴史などに興味のない方も、この作品たちは、物語性だけでも惹きつけるものが十分にあり、とてもおススメである。

(2021.10.26)
最終更新:2021年10月26日 21:44