鬼火





題名:鬼火 上/下
原題:The Night Fire (2019)
著者:マイケル・コナリー Michael Connelly
訳者:古沢嘉通
発行:講談社文庫 2021.07.15 初版
価格:各¥900

 巻頭、コナリーからタイタス・ウェリヴァーに献辞が送られている事実に注目。Amazon Prime Video での"Bosh"シリーズが先般終了したのが、ドラマにはいつも原作者コナリーの名がテロップでアドヴァイザーとして見られることから、ドラマ化に伴い現代風にアレンジした設定の異なる中でも、ハリー・ボッシュという人間像や作品を貫くイメージは作者の想いの通り守られたのであろう。

 ボッシュは原作ではヴェトナム戦争帰還兵の年齢だが、ドラマではアフガン帰還兵となっているので、ほぼリアルに動いてきた作品年齢よりは、相当若い設定なのである。それでも、なのだろう。

 一方、こちら本の世界。作品とリアルタイム同期して年齢を重ねてきた定年後のボッシュは既に警察を引退しながら、現役警察官であるレイトショーことナイトシフトの夜勤捜査官レネイ・バラードとともに捜査を展開してゆく。警察官としてではなく元刑事の立場で物語に登場できる下地として、コナリー・ワールドにバラードという若き女性刑事は必要不可欠だったのだ、と今ではわかる。

 そのためにバラードという魅力的なニュー・キャラクターのデビュー作品『レイトショー』を先に晴れ晴れしく用意していたのだ。コナリーの作品世界も、彼らの活躍するハリウッド署管轄のエリアも生き生きとしたまま、実に存在感のある都会の坩堝として欠かせない舞台であるのだ。それらをそのまま生かし、シリーズキャラクターたちの日常は生き生きと続く。

 本書は二人のカプリング・シリーズとしての二作目でありながら、オムニバス映画のように、何と三つの事件をどれも同ボリュームで扱っている。三つのストーリーが独立しているようで噛み合い、偶然ながら絡み合うところも実は読みどころである。昼間のボッシュと夜のバラードという異なる時間帯に生活しながらの、二人の共同捜査というばかりか、ボッシュはOBであって捜査権がないというハンディを背負いながらという、免許を剥奪された私立探偵みたいなプロットがたまらない。

 かつてボッシュに刑事のイロハを教えたという恩師が亡くなったのだが、彼が持ち出していた二十年前の未解決事件の捜査ファイルを未亡人から預かることで、ボッシュの気持ちの入った再捜査がスタートする。また従弟ミッキー・ハラーの法廷にも被告側調査員として駆り出され、こちらもハラーともども真実への見事なアプローチを決めてゆく。バラードの取り組む殺人疑惑を匂わせた火災事件の真相ともども、二人が(時に三人が)タッグを組むことでさらに強力で新鮮味のある捜査活動を読むことが楽しくなる。

 いずれも都会に渦巻く人間関係と、その情感のはざまに切り込んでゆく二人の個性と、常にぶれのない彼らの生き様も頼もしい。例によって、安定の面白さとミステリーの見事さを披露して、完璧に近い作品に仕上げてゆく職人コナリーの芸術的切れ味が、本書でも安心して味わうことができる。

 この後に書かれているのがジャック・マカボイ&レイチェル・ウォリングのあまりに久々なシリーズらしい。ボッシュはハラーとの共演をさらに一作果たした後、バラードとの再演も一作用意されているのが本国での現状とのことである。ドラマが終わっても、まだまだ期待に胸が疼くコナリー・ワールド。職人の技に依存し、ただ待つのみ。

(2021.10.02)
最終更新:2021年10月02日 15:25