天使と嘘





題名:天使と嘘 上/下
原題:Good Girl, Bad Girl (2019)
著者:マイケル・ロボサム Michael Robotham
訳者:越前敏弥
発行:ハヤカワ文庫HM 2021.06.25 初版 2021.08.25 2刷
価格:各¥1,100

 実力派作家にも拘わらず日本での翻訳は不遇をかこつ実力派作家、マイケル・ロボサムの新訳が、魅力的なキャラクター・コンビを引き連れて登場した。

 嘘を見抜く能力を持つ少女、イーヴィ・コーマック。拷問を受けて殺された謎の人物テリーの死体とともに発見された少女、新聞ではエンジェル・フェイスの呼び名で知られた少女。

 本書では、少女スケーターが殺害された事件がメイン・ストーリーである。証拠を遺した性犯罪者がすぐに容疑者として逮捕されるが、家族や親族間という狭い世界で未成年の男女たちが複雑に絡む謎多い事件として、臨床心理士のサイラス・ヘイヴンが真相究明に乗り出す。

 サイラスもまた凄惨な過去の記憶を持つ。両親と妹二人を殺害したのはサイラスの兄。サイラスは唯一の事件の目撃者として生き残ったのだ。女性警部レニーは、彼の臨床心理士としての能力を高く買っており、事件の捜査に対する強固な信頼関係が既にできている。

 本書の事件では、サイラスが、イーヴィという人間嘘発見器と出会うことで、二人のコンビらしき体制を作りつつ、事件の謎を究明に当たるという骨組みである。現事件を追いながら二人それぞれの過去がプロット全体に黒い影を落としているところは、まさに本書の読みどころであり、魅力である。

 スピーディな展開と、二人の独白で交互に綴られる読みやすい文体。あまりに個性的な二人の主人公のコントラストと、彼らの人間の心に迫る独自な捜査が、読者の心拍を上げる。これほどのページターナーはあまり経験がない、と言いたくなるほどだ。

 事件の向こうに見え隠れする複雑な人間関係と、真相の追求という課題を抱えながら、二人は、それぞれの自身の過去とどう折り合いをつけてゆくか、という私的命題にもまた挑んでゆく。性別も年齢も異なりながら、彷徨う二つ魂たちの葛藤と心の繋がりとが、作品に温かく流れる血のようで、魅力的である。

 この作品では、絡み合う迷路の向こうに予想外の真実を見出すのだが、イーヴィの思わせぶりな過去の体験については、二人のシリーズとして、改めて次作に持ち越されるそうである。キャラクター造形だけで大成功と言いたい本作なのだが、やはりイーヴィの真実を知りたい気持ちが心を捉えてならない。次作が早くも待ち望まれる。

 マイケル・ロボサムは、オーストラリア人作家でありながら、前作『生か、死か』ではアメリカを、本作ではイギリス、ノッティンガムを舞台に描き、堂々ゴールドダガー賞の複数受賞という快挙を遂げた。ヒーロー、ヒロインのみならず作家そのものも怪物みたいである。

(2021.10.02)
最終更新:2021年10月02日 14:34